佐用姫像(佐賀県唐津市)

国道203号沿いの「道の駅厳木」に立つ佐用姫像。高さ14メートル。
佐用姫はこの地に伝わる伝説のヒロインで、遠い新羅の国へと遠征する夫との別れを惜しみ、愛する夫の乗る船に向かっていつまでも手にした衣を振りつづけたという。その佐用姫のけなげな姿をあらわした像である。

まあ目の前の佐用姫像は、そんな悲恋伝説もどこぞにふっとんでしまいそうなデカさなのだが・・・。

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ところでこの佐用姫像、最初見た時と少し時間をおいて見た時とで、なんとなく印象が違うような・・・。

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あ――っ!?う、動いてる~~~~~っ!!

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なんとこの佐用姫像、回転する台の上に乗っているのである!
腰をひねった動きのある姿なので、まるで像が動いて舞っているかのように見えて面白い~~。

でも佐用姫様、何ゆえ回転するハメに・・・・。誰か教えて―っ!!

(2006年10月)

城山鬼子母神(大分県豊後高田市)

子供の守り神、鬼子母神。500人の子供がいると言われる超「大家族スペシャル」なお母さんの神様。
しかし元々は人間の子供を捕って喰らう悪鬼で、その所業を見かねたお釈迦様は鬼子母神の子供の一人を隠してしまい、子供を失った母親の心を悟らせて改心させ、それ以来子供の守り神となったという。

さて豊後高田の市街地の高台に「日本一の鬼子母神」が鎮座している。その姿はというと・・・。

バ―――――――ン!

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高さ4メートル。うーん、なんとも頼もしいその御姿・・・。どっしりとした風格はさすが500人の子供を育てただけのことはあります。これぞまさしくニッポンのお母さん!(まあ鬼子母神は元々インドの神様なんですけど・・・)

あ、でもこんな感じの人、「工業哀歌バレーボーイズ」に出てきたような・・・。(おい)

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鬼子母神の足元を見れば、鬼子母神の500人の子供たちを表現したものだろうか、おびただしい数の小坊主くん人形でひしめきあっている。500人の子供たちを実際に表現しようとしたとこが素晴らしい~!

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境内にはもう一体の仏像も鎮座。こちらはお釈迦様だろうか。
こちらも全体的にユニークな造形なのだが・・・。

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やはり極めつけは髪型・・・、なんと螺髪のカリアゲ!
仏像界のニューヘアー。これからきますよっ!!

(2006年9月)

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東光寺五百羅漢(大分県宇佐市)

宇佐の東光寺は五百羅漢の寺として知られている。
本堂の裏手に回りこむと、そこにはデデーンと五百羅漢の山!

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山は如来の説法を聞きに集まった羅漢たちでもうぎっしり。
席は完全にSOLD OUT!会場は今まさに最高にヒートアップ!といった感じ。ものすごい迫力だ。

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この東光寺の五百羅漢は幕末から明治時代に約二十年間の歳月をかけて、一人の石工によって彫られたものとのこと。一体一体の表情が実に個性的で、今にも話し声が聞こえてきそう。

「あ~、聞こえんなあ~~!」とウイグル様ポーズを決める御方も。

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少し離れて十六羅漢の石像と仏足石もある。こちらもユニークな表情。

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とくに五百羅漢でもインパクトのあるのはこちらのラゴラ尊者。お腹を開いて心の中の仏の姿を見せるポーズで有名な方。

「おい、今日はお互い腹を割って話そうや」

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「よっしゃ~~~~~~っ!」

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Wラゴラ尊者、夢の共演~~~!!

(2006年8月)

稲積水中鍾乳洞・稲積大観音(大分県豊後大野市)

豊後大野の稲積水中鍾乳洞。名前に「水中」とあるように、鍾乳洞の洞内は30万年前の阿蘇山大噴火によって一度水没しており、鍾乳石が水の流れによって浸食され、他の鍾乳洞に見られない独自の造形を形作っている。現在も洞内は豊かな水をたたえ、水の上に掛けられた網目の通路を渡って見学する。灯りによって浮かび上がるどこまでも透明なアクアブルーの世界は実に幻想的。ファミリーにもカップルにもおすすめのスポットですよ。
(鍾乳洞内の画像は暗くてうまく撮れないだろうし、あのアクアブルーの世界は実物をぜひ見てほしいのでありません。とりあえず鍾乳洞入口の画像でも)

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さて今回私が紹介したいのはもう一つの物件。
稲積水中鍾乳洞の看板の近くに、なぜか仁王が・・・。

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それもそのはず、なんとこちらの稲積水中鍾乳洞にはこんな方がいらっしゃるんです!

バ―――――――ン!金色に輝く「稲積大観音」!!

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高さ22メートル、2005年8月の開眼。ついに大分にも大観音上陸!
もちろん大分県最大の大観音様だ~~~!!

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正式には「稲積昇龍観音菩薩」といい、その名の通り、二匹の竜が足元より姿を現している。観音&竜のWパワーで御利益もアップ!

竜がエサちょーだい、って甘えてるみたいで、なんかかわいい・・・。

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大観音の周囲も十二支守り本尊や七福神、弘法大師などいろいろな神仏がまつられていて、「仏の里」として整備されている。

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やはりこちらにも当世ならではのこの方がおられますね。
今、もしかして全国でぼけ封じ観音大ブレイク中!?

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恵比寿&大黒天。超ノリノリ~~!

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その他にも園内は「開世寺美術館」「ホタル資料館」「なつかし昭和オモチャ館」「喫茶食堂」と、充実のラインナップ!(ちなみに美術館には工藤静香の絵がありましたよ)そして来場者にはもれなく20リットルの天然水プレゼント付き~~~!

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大観音の前になつかしオモチャ館・・・、これぞまさにエンタテイメント曼荼羅世界!
ファミリーにもカップルにもおすすめのスポット・・・、そして大仏マニアは今すぐ行くしかな~~いっ!!

(2006年8月)

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内山観音・般若姫像(大分県豊後大野市)

豊後大野の三重町は、真名野長者伝説の里として知られる。

この地に住んでいた貧しい炭焼き小五郎が奇縁によって都の貴族の娘玉津姫と結ばれ、財宝を見つけて長者となった。そして二人の間には一人の女の子が誕生し、般若姫と名づけられた。姫は美しく成長し、やがて一人の牛飼いの若者と恋に落ちた。実はその若者の正体は皇太子であり、姫は見初められて妃として迎えられることになり、都へと向かうことになったのだが、その航海の途中、嵐にあって悲劇の最後を遂げてしまったのである。美しくも悲しい古代の恋物語である。

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長者夫婦は姫の死を深く悲しみ、姫の菩提をとむらうために建立したといわれているのが内山観音である。内山観音には般若姫ゆかりの観音像がまつられ、伝説にまつわる史跡が伝わっている。また境内の薬師堂には全国でも珍しい千体薬師像がまつられており、千体の薬師如来がズラリと立ち並ぶ光景は壮観である。

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お寺の裏山の内山公園には美しい般若姫の姿をしのんで、姫の像が立てられている。
さて、私も訪ねて古代のロマンチックな恋物語の世界をしのぶこととしましょうか・・・。

・・・・って、デカッ!!

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その大きさ、なんと20メートル!
もう伝説ロマンもぶっとびまくりの迫力!すごすぎる~~~!!

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姫の足元には両親の真名野長者夫妻の像。
こんなでかい娘じゃさぞかし子育て大変だったろうなあ~。(違うって!)

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山の間からニョッキリ、般若姫。
いにしえの恋物語の伝説の主人公がまた新たな伝説を作る・・・。

(2006年8月)

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菅生磨崖仏・六字名号(大分県豊後大野市)

豊後大野の山中に刻まれた菅生磨崖仏。左から千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音、多聞天。
平安時代後期の作で、十一面観音の頭上の化仏といい、千手観音の腕といい、細部までひじょうに細かく彫られており、実に見事。これらの仏たちは熊野神社の神々を表現したものと言われ、神仏習合の名残を伝えている。

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菅生磨崖仏の近くに「南無阿弥陀仏」の六字名号を刻んだ石もあるということで、こちらも訪ねてみることに。そこで待っていたのは・・・、

バ――――――ン!

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崖に刻まれた巨大な「南無阿弥陀仏」の文字!想像していた以上の大スケールの作品。高さ12メートルのド迫力の筆跡!

足元によって見上げれば、巨大な文字が天から舞い降りてくるかのようにデーンと眼前に迫ってくる。大仏とはまた違った強烈な存在感。「南無阿弥陀仏」の六つの文字がもう目に焼きつかんばかり。江戸時代に黙和尚という人物が作ったものだそうだ。すごい!

(2006年8月)

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国東市の仁王石塔ロード(大分県国東市)

国東市には市内にある両子寺、文殊仙寺などの寺院にある仁王や石塔のレプリカが町のあちこちに設置されている。

町の公園入口には両子寺の仁王のレプリカ。

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そして大分空港へと続く県道沿いにもズラリ・・・、こちらも道を挟んで文殊仙寺の仁王のレプリカ。豊後高田市の国道の仁王が「国東仁王パーク」の西ゲートなら、こちらはまさに東ゲート。

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その他にも国東塔と呼ばれる独自の形の石塔などのレプリカもズラリ立ち並んでいる。こちらはレプリカだとわかっててもなんだかちょっとコワイってば~~~っ!!

(2006年8月)

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竜華橋(大分県豊後高田市)

真木大堂の近くにある橋。
橋柱には真木大堂の不動明王&大威徳明王。カッコイイ~~ッ!

(2006年8月)

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国東半島仁王巡り(大分県豊後高田市、国東市)

仏の里、国東半島。この地には古の時代より独自の仏教文化が栄え、最盛期には65もの寺院が立ち並んでいたという。現在では大多数の寺院は失われてしまったが、富貴寺、両子寺、真木大堂、熊野磨崖仏などの古寺をはじめ、街道に点在する数多くの石仏群が往時の隆盛をしのばせる。

さて国東半島の寺院を巡っているとよく見かけるのが、石造の仁王である。なんと大分県は全国の石造仁王の八割近くがあるとか。どこの仁王も素朴な造形でとってもチャーミング。風雨にうたれながら、けなげに今日もがんばっている。その愛らしい姿はまさに国東半島のアイドルだ。

熊野磨崖仏胎蔵寺の仁王様。

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富貴寺の仁王様。

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両子寺の仁王様。高さ2.3メートルの堂々たる姿。足をなでると足が健康になるということでみんなになでられている。こういう親しみやすさも仁王様の人気の秘密だろう。

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両子寺の境内にはもう一組の仁王様もいる。

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国東半島では仁王様がいるのはお寺だけじゃない、なんと国道沿いにも仁王様。こちらは豊後高田の国道に立つ「日本一の仁王」。近年立てられたもので、高さは4メートル。国道を挟んだ両脇で仏の里への訪問者を出迎えてくれる。なんともすごいロケーション。

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橋にだって仁王様。

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そして仁王トンネルまで!もうどこでも仁王、仁王、仁王~~!

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そしてラストを飾るのはこちらの真木大堂。こちらも国東の他のお寺同様、門前で仁王様が守っていますね。でも何かちょっと変だぞ・・・。

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どひゃ~、なんじゃこりゃあ~~!?

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実はこれ、仁王型の公衆電話!でも現在は残念ながら電話機は撤去されてしまっていた。今は携帯持ってる人多いし、公衆電話ってあんま使わないからなあ・・・。仁王ファンとしては一度電話してみたかった~。

(2006年8月)

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