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  • まんじまる
    ライター。得意分野は珍スポット(B級スポット)、神社仏閣、動物園・水族館など。各種イベントのプロデュースも担当。本邦初の「珍スポット講座(B級スポット講座)」を開講。

    =現在の主な仕事=
    ●トークイベントプロデュース
    ・「水族館ナイト」「仏像マニアックス」「B級スポットナイト」などをプロデュース(今までのプロデュースイベントはこちら
    ●ライター
    ・「ワンダーJAPAN」(三才ブックス)にて「どっちの大仏ショー」連載中
    ・東京カルチャーカルチャーライブレポート担当(今までのライブレポートはこちら
    ●カルチャースクール
    ・「JTBカルチャー倶楽部」にて珍スポット(B級スポット)講座「関東おもしろウォッチング」を今秋開講


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  • まんじまる流 Z&A =動物園・水族館ガイド=

    全国各地の動物園(ZOO)&水族館(AQUARIUM)をレポート。今まで訪問した動物園・水族館は200スポット以上!!
    メジャースポットから、うちのブログらしくちょっとマニアックなスポットまで紹介しています。
    こちらもどうぞよろしく。

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【6月14日(日)開催!B級スポットナイト】浅野祥雲スポット特集その3 愛宕山厄除弘法大師(愛知県尾張旭市)

さて6月14日の「B級スポットナイト」開催記念として、シリーズでお送りしてきた「浅野祥雲スポット」特集。今回でひとまず最終回。
最終回は現存する祥雲さんの作品で最大の傑作をご紹介。従来の一般的なイメージであった“B級スポットの作者浅野祥雲”ではなく、“仏師浅野祥雲”としての素顔がきっと浮かびあがってくるはず。

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さてその最大の傑作があるのが、尾張旭市の退養寺境内の愛宕山。入口の石柱には「尾張三大弘法厄除大師」と彫られており、(おぉ!ここにも「三大○○」が!)こちらの弘法大師像が今回の主役。
ちなみに弘法大師像のある敷地はお寺のものだが、管理されているのは地元住民の方々で周辺の清掃や修繕などの活動を行っているとのこと。

案内表示にしたがって山へと続く道を登っていくと・・・、

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おぉっ!弘法大師様!しかも大きいっ!!

高さは台座を含めて約10メートル。今まで祥雲さんの作品というと等身大かそれより一回り大きいくらいの作品しか見たことがなかったが、こんな巨像も作られていたとは~!まさに文字通りの浅野祥雲最大の傑作。大仏としての視点で見ても、もう充分すぎる迫力満点の大きさ。ちなみに現在きちんと祥雲さんの銘が確認されているものでは「昭和6年建立」と最古の作品でもある。

弘法大師は高僧の中ではとくに巨像に表される例が多いが、先ほど「尾張三大弘法大師」とあったように、この周辺にはなぜか大きな弘法大師がぞろぞろおられるらしい。「三大○○」にいっぱい候補がいるのはまあお約束ということで・・・。(その中には祥雲さんの作品もいくつかあり、先日の「タモリ倶楽部」での浅野祥雲特集でも、「大弘法シリーズ」として紹介されていました)
とくに立ち姿の弘法大師が多く、少し離れた三河蒲郡の弘法山にも別の方による巨大な立ち姿の弘法大師像が建立されており、愛知では立ち姿の弘法大師の巨像ブームがあったのかもしれない。

 

【参考】蒲郡・弘法山の弘法大師像。建立昭和13年。高さ約18.78メートル。(台座を含めると約30メートル)

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「弘法大師像としては日本一!」
(↑「TOKYO BUTSUZOU MANIAX」の日本一紹介コーナーの続き)

 

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さて見てお判りの通り、弘法大師像の周囲には足場が組まれて「お色直し」の最中。浅野祥雲研究家の大竹敏之さんより、今数十年に一度のお色直しをやっています、との情報をいただき、今回初めての訪問となった。(2009年4月取材)
なんだかモビルスーツの製造工場みたいですね。ああ、だんだん錫杖が「ビーム錫杖」に見えてきた・・・。

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弘法大師の両脇には阿弥陀如来と不動明王が鎮座。こちらも全体の雰囲気からして祥雲さんの作品。

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この通り、不動明王そして脇侍のコンガラ&セイタカの二童子ともに本格的な作り。とくに不動明王の特徴である天地眼などは、素人が作ると妙な表情になってしまいがちだが、こちらは実に素晴らしい表情。祥雲さんの並みのコンクリート造形師とは違う本格的な仏師としての真髄を見せてくれる。

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滝つぼの表現なんてとてもリアル。その後の祥雲さんのジオラマ的作品の見事な水とか雲の表現につながっていく兆しが見えますね。

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今回の弘法大師像のお色直しの費用は建立80周年を前に有志の方々の寄付金によって集められたものとのこと。愛されていますね、お大師様
さてお色直しもほとんど終わり、あとは目と眉を入れるだけといったところ。はたしてどんな感じに仕上がるのか楽しみ。人々にずっと80年もの間、愛され続けてきたお大師様。きっとまた優しいまなざしで人々を見守ってくれることでしょう。
新しく生まれ変わったお大師様にぜひ会いに行きたいです。

(2009年4月)


さて三回にわたって特集してきた「浅野祥雲」さんの魅力を紹介するトークイベントを6月14日(日)、東京・お台場「東京カルチャーカルチャー」にて開催いたします!
「タモリ倶楽部」の浅野祥雲特集にも出演した大竹敏之さんを迎えて、祥雲さんの知られざるエピソードや未発表の新発見作品など続々紹介いたします!皆様どうぞよろしくお願いいたします!

 

【6月14日(日)開催!】
桃太郎神社、関ヶ原ウォーランド、マウンテン・・・、どえりゃ~スポット大特集!

「B級スポットナイト ~あなたの知らない名古屋のB級スポット一挙公開!~」

2009年6月14日(日)

開場17時30分 開演18時30分 終了21時(予定)

会場 東京カルチャーカルチャー(お台場ZEPP東京二階)

【出演】 大竹敏之(「東海珍名所九十九ヶ所巡り」著者/浅野祥雲研究家) 田中ひろみ(イラストレーター) まんじまる(「ワンダーJAPAN」どっちの大仏ショー連載)
【司会】 テリー植田(東京カルチャーカルチャープロデューサー)

前売り 2000円 当日券 2500円(ともに飲食代別 ファーストオーダー必要400円~)

・イベント詳細はこちら

チケットはイープラスにて好評発売中!
チケットのお求めは
こちら

【6月14日(日)開催!B級スポットナイト】浅野祥雲スポット特集その2 桃太郎神社(愛知県犬山市)

前回に引き続き「浅野祥雲スポット」をご紹介。
五色園関ヶ原ウォーランドとくれば、やはりここでしょう!桃太郎神社!

桃太郎といえば大抵の人は岡山が思いつきますが、「実は桃太郎は愛知県犬山生まれ!」という伝説があり、その「犬山の桃太郎」をまつっているのがこの桃太郎神社。ちなみに「犬山」という地名は桃太郎の家来の犬から由来するということで、近くには猿や雉に由来する地名や鬼ヶ島もあるとのこと。ああ「日本モンキーパーク」も近くにあるしね。(それは関係ないだろ)

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境内に入れば、石段の前で桃太郎が桃の中からパカッとお出迎え!
祥雲さんの作品では一般的にもよく知られている人気作品。やはりこのおもいっきりのよさがたまらな~い!

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そしてその傍らで健気に旗持ちする鬼。これを見ればわかるように鬼たちは退治されて既に桃太郎の支配下に。なんとも哀愁が漂う・・・。

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おじいさん、おばあさんはストーリー通りに山で柴刈り&川で洗濯の場面。ちなみにおばあさんの前の岩は洗濯岩といって元々は木曽川にあったもので、へこんだ部分はおばあさんの足跡とのこと。足跡デカすぎ。おばあさん、アンタが鬼退治行くべき。

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本殿前には桃型の鳥居。犬、猿、雉の三匹もいますが、以前から祥雲さんの作品にしてはずいぶんとキャラクター化しててプリティな雰囲気だな~と思ってましたが、先日、浅野祥雲研究家の大竹敏之さんに聞いたところ、これらは後で別の作者によって作られたものらしい。

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やっぱ祥雲さんといったらコレですよね。
擬人化スゴすぎ。

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暴力!!!

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略奪!!!

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「泣いた鬼」

次々と展開されるバイオレンスシーン。ポロポロと涙を流す気弱そうな青鬼の後ろで、勝利の雄叫びを上げる目つきの悪い三匹の野獣たち。はい、ここで問題。どっちが悪役でしょ~か?
鬼が悪いことして暴れているシーンとかないもんだから、なんというか桃太郎に鬼が理不尽にボコられてる感じですね・・・。(実際の昔話でも鬼が何か悪いことしてるシーンってありましたっけ?)

 

とまあ桃太郎神社には桃太郎の誕生から鬼退治までのシーンがコンクリート像で境内に再現されており、さらには 宝物館には「鬼の珍宝」など桃太郎ゆかりの品々が展示されている。都築響一さんの「珍日本紀行」を見ると、昔は「桃の化石」「きびだんごを作った臼と杵」「西郷隆盛の愛人ぶた姫像」などいろいろあったらしいが(最後の何?)、ちょうど私が初めて訪問した数ヶ月前に宝物館が火事で焼けちゃったらしい。残念・・・。

他県の人から見ると桃太郎のコンクリート像の立ち並ぶこの風景はかなり奇景に見えるが、愛知県に住んでる人にとっては学校の遠足や家族でのお出かけの定番スポットとのことで、子供の頃からごく当たり前のように見ていたのでそんなに違和感ないらしい。実際、先日の大竹敏之さんの「浅野祥雲紹介展」でも「桃太郎神社に行ったことのある人~」の質問に来ていた人のほとんどが手を挙げていた。つまり浅野祥雲という名前は知らなくても、愛知の人たちは昔から祥雲さんの作品に慣れ親しんでいたんですね。

ちなみに私が初めてここを訪れた時もそんなに違和感を感じず、逆にどこか懐かしい気さえした。多分子供の頃よく訪れた故郷群馬の「分福茶釜の茂林寺」で人形系の昔話スポットに慣れていたせいかもしれない。(ここにもタヌキ像が並び、宝物館には伝説の分福茶釜あり)

【参考】茂林寺境内の様子。タヌキがズラリッ!

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さて話はまた祥雲さんの作品に戻るが、やはりここの一押しはコレ!
フルチン桃太郎と双璧をなす人気作品。「やさしい鬼です 背中へどうぞ」

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もう何で鬼がここまでしなくちゃならんの・・・。うう、健気すぎ。

「お嬢様、オレが馬になります!」(←それはユニコーンの人)

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表情アップ。いや、彼は心底から今の仕事を楽しんでいるに違いない。
どうですか、このほんと幸せそうな笑顔

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大サービスでバックからのセクシーショット!

 

・・・さて「背中へどうぞ」とせっかく言ってくれているのだから、ぜひお言葉に甘えなくてはいけませんね。人形との記念写真は「浅野祥雲作品の楽しみ方の基本」!

というわけで乗ってみた。

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というかこれ、10年前の私まんじまる・・・

我ながら怖すぎです。
今の私ならこんな人絶対お近づきになりたくありません・・・。ぎゃふーん!!

(2009年4月)


【6月14日(日)開催!】
桃太郎神社、関ヶ原ウォーランド、マウンテン・・・、どえりゃ~スポット大特集!

「B級スポットナイト ~あなたの知らない名古屋のB級スポット一挙公開!~」

2009年6月14日(日)

開場17時30分 開演18時30分 終了21時(予定)

会場 東京カルチャーカルチャー(お台場ZEPP東京二階)

【出演】 大竹敏之(「東海珍名所九十九ヶ所巡り」著者/浅野祥雲研究家) 田中ひろみ(イラストレーター) まんじまる(「ワンダーJAPAN」どっちの大仏ショー連載)
【司会】 テリー植田(東京カルチャーカルチャープロデューサー)

前売り 2000円 当日券 2500円(ともに飲食代別 ファーストオーダー必要400円~)

・イベント詳細はこちら

チケットはイープラスにて好評発売中!
チケットのお求めは
こちら

レッツ宿坊体験!「大陽寺」編

【2009年1月17日開催!】

「宿坊ナイト ~人生を変える寺社巡り~」

チケット大好評発売中です!
お求めはローソンチケットにて!

詳しくはこちら(「東京カルチャーカルチャー」のイベント紹介ページ)

 

来年1月17日に東京カルチャーカルチャーにて開催される「宿坊ナイト」宿坊研究会代表堀内克彦さんをお招きしての宿坊の魅力たっぷりのトークライブです。(まんじまる出演&企画!)

堀内さんのサイト
宿坊研究会
実践旅行研究家 ほーりーの旅ブログ

 

前回に引き続き、今回も宿坊の魅力をご紹介。
先日、堀内克彦さんが主宰する「宿坊研究会」の皆さんとともに秩父・大陽寺に行って来ましたよ~。

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都心から電車で約二時間、秩父鉄道終点「三峰口」からさらに奥山へと分け入った静かな森に囲まれたお寺、大陽寺。周囲には他に何もないまさに秘境。もちろん携帯も「圏外」です。

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こちらは大陽寺を開いた「仏国国師」の肖像。
仏国国師は鎌倉末期に後嵯峨天皇の皇子として誕生、やがて仏の道を志して、秩父の山中でひたすら厳しい修行を続けたという。荒々しく髭を伸ばした風貌から「鬚僧大師」と呼ばれ、 その姿はまさに天狗そのもの。

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大陽寺は本堂が庫裏(お坊さんの住居部分)を兼ねており、宿泊者もその一室を使わせていただく。
今回泊まったのはこちらの部屋。フツーの旅館ではありえないものがデーンと鎮座!一泊二食太鼓付き。こういうのも他では味わえない宿坊ならではの醍醐味。戸を開ければ、そこには秩父の大自然が広がる。

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大陽寺では座禅修行も体験できる。夜と朝の二回、10分間×4セットで行なわれる。
戸も窓も開け放たれた座禅堂、冬の寒さが身にしみる。しかしひとたび心静かに座禅を組めば、不思議とだんだん寒さも気にならなくなる。(実際私も座禅をしている時より、撮影のため動き回っている時の方がもう寒いのなんの!)

ピシッ。時折ご住職さんの打つ警策の音のみが響く静寂なる空間。
座禅というと隙あればビシバシ警策で打たれるといったイメージがあるが、こちらではあくまでも自己申告制。心に迷いを感じたら静かに合掌をし、警策を受ける。実はピンポイントにツボを刺激してくれるので、肩こりにも効果てき面。再び心も体もリラックスして座禅に集中できるというわけ。

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やがて日が沈むと、辺りは一面夜の闇に包まれる。上の写真、深夜じゃなくてまだ午後の5時ですよ!他に人家は一つもありませ~ん!

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こちらも宿坊のお楽しみ、精進料理。季節の山の幸がたっぷりで美味しい。
精進料理の精神は自然の恵み、生命への感謝の念。野菜の剥いた皮も一つ残さず大事に使われる。我々現代人が忘れかけている心を思い出させてくれる。

そして今回もやっぱり登場「般若湯」・・・

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今回はさらに特別企画としてヨガも体験。早朝の澄み切った空気をたっぷりと吸い込みながら、ゆっくりと体をほぐしてリフレッシュ。爽やかな目覚めの朝。

(※ヨガ体験は団体利用で要相談)

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大陽寺での宿坊体験、最後のシメはご住職さんとの談話会。朝夜の寒さを忘れるポカポカとした日差しの下、みんなで縁側に座って、楽しくタメになるお話をたっぷりとお聞きすることができました。
なんとあたたか~い甘酒のもてなしまで。これはうれしい~~っ!
精進料理も甘酒も全てご住職さんのお手製。まさに八面六臂の大活躍!

ご住職さん曰く「ゆったりと時間を味わい、自然との対話を楽しんでほしい。笑顔と感謝の心があれば幸せは向こうよりやってくる」とのこと。
まさにそのお言葉通り、大自然の中で素晴らしい時間を過ごすことができました。本当にありがとうございました。

・大陽寺のサイトhttp://www.taiyoji.com/

 

今回の大陽寺での座禅会レポートも紹介される「宿坊ナイト」、皆様どうぞお楽しみに~!

レッツ宿坊体験!「高野山 福智院」編

【2009年1月17日開催!】

「宿坊ナイト ~人生を変える寺社巡り~」

チケット大好評発売中です!
お求めはローソンチケットにて!

詳しくはこちら(「東京カルチャーカルチャー」のイベント紹介ページ)

 

来年1月17日に東京カルチャーカルチャーにて開催される「宿坊ナイト」宿坊研究会代表堀内克彦さんをお招きしての宿坊の魅力たっぷりのトークライブです。(まんじまる出演&企画!)

堀内さんのサイト
宿坊研究会
実践旅行研究家 ほーりーの旅ブログ

 

今回の「宿坊ナイト」の企画者である私自身もご存知の通り神社仏閣めぐりが大好き人間。もちろん宿坊にも何度か泊まったことがあり(高野山、身延山、大善寺など)、その魅力にはまった一人でもあります。(宿坊研究会の本「お寺に泊まろう 全国宿坊ガイド」にもライターとして執筆)

ところで「宿坊っていったいどんなところ?」といった皆さんも多いことと思います。そこで以前私が泊まったことのある「高野山 福智院」の紹介とともに宿坊の魅力をご紹介いたします!

 

弘法大師によって開かれた高野山。開創以来約1200年間人々に信仰されてきた真言密教の聖地。2004年には世界遺産にも指定された。山上には170あまりのお寺が立ち並び、そのうちの53寺院が宿坊として参拝者が宿泊することができる。(ちなみに高野山には一般的なホテル・旅館は一切ありません)

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私が宿泊したのは高野山の宿坊の一つ、福智院。本尊には愛染明王をまつり、西国愛染十七霊場の第十六番札所でもある。立派な山門では仲居さんならぬ天燈鬼がグワッとお出迎え!

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福智院は高野山の宿坊の中でも全70室を持つ最大規模の宿坊。玄関の見事な彫刻や白壁の重厚な建築に風格を感じる。さらに高野山唯一の天然温泉&サウナまであり!

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ここ福智院の見どころはなんといっても庭園。「蓬莱遊仙庭」「愛染庭」「登仙庭」のそれぞれ趣きのことなる三つの美しい庭園が宿泊者の心を和ませてくれる。昭和の名作庭家重森三玲氏によるもの。
また建物内にはいたるところに井伊大老をはじめとする諸大名ゆかりの品々など歴史を伝える文化財を展示。ロビーのソファの横に何気なく大名駕籠がデーンとあったりする。
こうした庭園や文化財をじっくり見ることができるのも宿坊の魅力の一つ。

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こちらが私の泊まった部屋。「お寺に泊まる」というとなんだか本堂の板の間で仏様に見られながら寝るのかと思っている方もいるでしょうが、それじゃドリフの小坊主コント。お勤めの場所であるお堂とは別にこうした宿泊者が泊まるための部屋がきちんとある。
ここ福智院は冷暖房完備で快適!さらに温泉の大浴場まであるんだからもう最高~~!

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食事はもちろん精進料理。肉や魚を使わない精進料理だが栄養は満点。豆乳鍋や季節の野菜の天ぷらなど、旬の素材そのものの味を最大限にいかしていて、とっても美味。とくにお気に入りは胡麻豆腐、う~ん絶品!
ちなみにお酒も注文可能。え?お寺でお酒飲んでいいの~?と思われた方もいるでしょうが、いいんです!お坊さんの間ではお酒は「般若湯」と呼ばれ、「智恵の湧き出ずるお湯」として飲まれているんですね~。さーてじゃんじゃん智恵つけるべ~。うぃ~、ひっく。(←ほどほどに・・・)

翌日は早朝より本堂にてお勤めに参加。今まで紹介してきたようにほとんど温泉旅館並みのクオリティを誇る福智院であるが、これこそが宿坊だけが体験できる他の宿泊施設にはない醍醐味。
福智院ではお勤めは自由参加となっているがぜひ参加してほしい。ご本尊愛染明王の前で読経、そして住職さんよりの法話に身がひきしまる爽やかな朝だ。

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朝食はあったか湯豆腐の精進料理。肌寒い山の朝にはうれしいもてなし。う~んあったまる~~。

 

お寺という静寂な空間、お坊さんとの楽しい語らいのひと時・・・。忙しない日常をしばし離れ、心も体もすっかりリラックス。また今日から頑張るぞ~!そんな気分になれるから私は宿坊が好きだ。

さあ皆さんもレッツ宿坊体験!!

 

【高野山スナップ】

高野山内の風景もご紹介。

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高野山への入口である大門でカッと睨みをきかせる仁王。迫力満点!

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山上寺院の中心となる壇上伽藍。五智如来が安置された壮麗な大塔。その前には弘法大師が唐より帰国する際に投げた三鈷杵が懸かったと伝えられる三鈷の松がある。

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金剛三昧院。国宝の多宝塔がある。こちらも宿坊で西国愛染十七霊場の第十七番札所。

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弘法大師の御入定の地、奥の院への参道。高い杉がそびえ、深遠な雰囲気。

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こちらも宿坊の成福院。ビルマでの戦没者を供養したビルマ仏を安置しており、山門のアジアンチックな獅子が目をひく。象のベンチもかわいい。

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山上にはお寺だけでなく商店街もあり、味のあるお店が多い。
看板猫ならぬ看板虎がとってもキュート。

達磨大師像(北海道函館市)

それは三年ほど前に函館を訪れた時のことだ。 この時は家族旅行ということもあって、いつものようなマニアックな旅ではなく、観光バスに乗って、函館山、五稜郭、湯の川温泉などオーソドックスな観光スポットを楽しんでいた。
そして湯の川からトラピスチヌ修道院へと向かったあたりだろうか、すっかりリラックスムードで車窓を楽しんでいたその瞬間、丘の上にチラッと何か大きな赤い物体が見えたような・・・。

それは・・・、

だ、だるま・・・!?

従来の函館のイメージからはまったく登場が予想できないその存在!思わず、ちょ、ちょ、ちょっとバス停めてくれ~~ぃ!と叫びたかったが、そんなことできるはずもなく、その後はトラピスチヌ修道院でバター飴なめて、そのまま空港で帰宅の途に・・・。

はたしてあれは本当にダルマだったのか、それともあまりにもマニアックなスポットに飢えていたため頭の中で作り上げた妄想か、真実をたしかめるべく再び函館へとやってきた。

さて当然市販のガイドブックには載ってるはずもなく、記憶を頼りにトラピスチヌ修道院方面にむかったのだが、周辺をうろうろしてたら見事ビンゴ。道端にこの看板を見つけた。

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おぉ~!達磨大師像~~~っ!!!

やはりあのダルマは実在した~~!妄想じゃな~~い!
しかも看板の肩書きを見れば「道南名所第三位」らしい。道南の名所といえばパッと思いつくだけでも函館山、大沼公園、五稜郭、トラピスチヌ修道院、恵山、松前公園などあり、それらのうちの何個かはおさえての堂々の第三位、どんなランキングになっているのかひじょうに気になるところだが、この後ご対面する達磨大師像を見れば三位だなんて全然ランク低すぎ!とりあえず「まんじまる流北海道スポットランキング」ではもうぶっちぎりのトップ1で~~~すっ!

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少し崩れかけた参道の石段を登ると、コンクリート製の碑が立っていた。こちらも崩れかけていたが、碑文によれば「昭和二十六年」に達磨大師像は建立されたものとのこと。コンクリート像としてはけっこう古いものだ。
以前見たときは春先だったのでまだ草木もあまり生えておらず、その姿もチラッとだが確認できたのだが、今回は夏場とあってうっそうと草木が生い茂り、その姿も参道も覆い隠し、今の季節ではまったく外からその存在を隠してしまっていた。あの看板がなければきっと発見できなかったことだろう。冬は冬で観光スポットからちょっとはずれたこの場所は大雪に埋もれてしまったら誰も存在に気づかないかもしれない。ほんとその姿に気づいたのはちょっと運命的なものを感じた。

それではご対面いただこう!

こちらが達磨大師像のご尊顔だぁ~~~っ!!

バ――――――ン!

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今まで数多くの大仏や巨像に出会ってきたが、その中でもかなりのインパクト!(とりあえず北海道では文句なしのトップ1!)
全体的にシンプルなデザインなれども、赤、白、黒の原色三種のみを使い、真っ赤な衣に映える白い肌、そして大胆かつシャープに黒々と描かれた眉、ヒゲ、胸毛。そしてなんともいえない絶妙な味のある表情。
今まで北海道はこうしたハンドメイドあふれるコンクリート像は不毛地帯だと思っていたので、まさかこんなスゴイ像に会えるとは・・・、

もうカンドーですッ!!!!!

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ところで上5枚のショット、なんで正面からばかりなの?とお思いの方もいるだろう。まあ勘のいい方ならうすうす気付かれたかもしれないが、この達磨大師像、実はこんなことになってます・・・。

う、うすっ!!

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完全に正面から見ることを想定してますねえ~。どちらかというとレリーフに近いかも。

達磨大師像の裏手には小さなお堂があり、こちらにも木彫りの達磨大師像がまつられていた。新しい幟も奉納されており、地元の人々の信仰をあつめているようだ。

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さて達磨大師像の隣に一人の女性の像が立っている。斉藤キワさんといって、実はこちらがこの達磨大師像の作者の方。今までコンクリート像というとその材質からか男性の作者が多かったが、こちらは女性の作者だったんですねえ~。達磨大師像どことなくおだやか~な表情も作者が女性の方だからなのかもしれない。
銅像の横の碑文によれば、キワさんは明治十年に函館に生まれ、幼少の頃より信仰心厚く、座禅を通じて達磨大師にその信仰の道を求め、世界平和を願って自宅敷地に達磨大師像を自刻したとのことである。そしてキワさんの死後、高龍寺という寺に寄進されたようだ。

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ところで碑文に気になる文言を発見。なんとキワさん、達磨大師像の他に不動明王像、八大竜王像も自刻したというのだ!そういえば看板にもその名前を見かけた気がする。
え~!?ど、どこにあるんだ~~!?達磨大師像やお堂の周囲をうろうろ探し回ると、さらに奥の林の中に・・・、

バ――――ン!不動明王~~~!

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八大竜王~~~!!

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林の中に次々とその姿を現す神仏たち。不動明王も力強さの中にとっても優しさを感じるし、八大竜王は実に躍動感あふれている。

キワさんほんとすごすぎますって~!!

北の大地で素晴らしき神仏たちの宴に出会った。

(2008年7月)

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上湧別のロック寺(北海道上湧別町)

お寺に行くと、山門の脇にお経からの一節や高僧の格言、ことわざなどが掲示されているのをよく見かける。
しかし普段聞きなれないような言葉で、我々のような一般人にはけっこう難解なものが多く、意味を調べてみればとてもいい事が書いてあるのだが、大抵の人はスルーしてしまっているのが残念だ。

さて先日上湧別町を通りかかり、そこで見かけたお寺。こちらの山門にも何か格言のようなものが書かれてある。
私はこうした言葉はちょっと気になるので、メモなどをとってあとで意味を調べたりするのだが、何が書かれているのか見ようと側に寄ってみると、なんとなくいつもと違う感じが・・・。

バン!

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バン!

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バ―――ン!プオブチキン!!!

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そこに書かれていたのはバンプオブチキンの「涙のふるさと」の一節。心温まるメッセージソング。

住職さんがバンプのファンなのかな~?でもこうした現代の歌詞とかにも心に響くいい言葉はいっぱいあるし、何より誰にでもストレートに伝わってわかりやすい!
これはなかなかいいかもね。ぜひお寺業界で流行らせてほし~~~いっ!

ちなみに私ももしも将来「マイ寺」をゲットしたら(できねーよ)、やっぱり自分の好きな歌の一節を書きたいなあ~。
いろいろ好きな歌はあるけど人生訓的なものを書くなら、ここはやっぱ森高の「勉強の歌」ですかね。(どんなチョイスだ)当時はアホな歌詞~とバカにしておりましたが、言いつけを守らずまったく勉強しなかったので国際人にも文化人にもなれず、こうして立派な「変人」になりました・・・。ぎゃふ~~ん!

(2008年7月)

百観音温泉(埼玉県鷲宮町)

鷲宮町を走行中見つけたこちらの看板。「百観音温泉」だって~~~!!!
私まんじまる、お寺と温泉は大の大の大好き!それがなんとコラボ!これはもう行って見るしかないでしょー!観音様のキャラクターもプリティ~。

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看板の案内にしたがって行ってみると、そこには観音堂と入浴施設が。観音堂の前には団子や野菜を売るお店などもあって、湯上りのお客さんたちで賑わっており、ちょっとした門前街の雰囲気。こんなとこがあったんだ~。なかなかいい感じ。

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由来によれば、江戸時代にこの地に西国坂東秩父の百観音をまつる観音堂が建てられたのが始まりで、その間には廃仏毀釈などの災難にもあったが、その度に多くの人々の支援によって復興し、現在のお堂は三代目とのこと。そしてその厚い信心のおかげか平成10年にはなんとこの地から温泉まで湧き出たのである。う~ん素晴らしい。

平成16年に再建された立派な観音堂。その脇には以前あった観音堂の石碑や狛犬などがひっそりと置かれ、その歴史を今に伝えていた。
ところでもう一つ、百観音堂と聞いて私が気になったことがあった。それは以前は「さざえ堂」ではなかったのかということ。(さざえ堂とは江戸時代に流行した仏堂建築で、堂内に百観音をまつり、その参拝ルートはまるで巻貝のように螺旋型になっていて同じ場所を通らずに参拝できるというひじょうに面白い建築。福島県会津若松市、埼玉県本庄市、群馬県太田市、茨城県取手市などに現存)さてこの百観音堂も本庄、太田にも近く、場所的にさざえ堂文化圏の中に入っていそうなので、もしかすると幻のさざえ堂発見かと期待したのだが、それについてはとくに情報は得られなかった。

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さてお参りをすませてさっそく入浴。温泉は100パーセント源泉かけ流しで、熱め、広め、深めの3拍子揃った良泉で大満足。う~ん、いい気持ち~~ぃ。
ちなみに湯船が蓮華の形をしてるとか、観音様が真ん中にデーンと立ってるとかそういうことはありませんのであしからず。どちらかというとトロピカルだったような・・・。

入浴後にはこちらのポイントカードももらえたのだが、これがなかなかユニーク。

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なんと集めるポイントが33~~!
これぞニュータイプ観音巡礼!!

う~んありがたや~&気持ちよか~~。

(2008年5月)

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草木湖の寝釈迦様(群馬県みどり市)

渡良瀬川上流にある草木湖は、昭和52年の草木ダム建設によって作られた人造湖。山間に静かにたたずむ湖は四季折々の表情を見せ、湖畔には地元出身の画家星野富弘の美術館もあり、多くの人々が訪れている。

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さて今回の舞台は富弘美術館ではなく、その隣にある「草木ドライブイン」。一見ごくフツーの昔ながらの「観光地のドライブイン」って感じなのだが、よく見れば入口にはこんな方が・・・。
いきなり布袋様がお出迎え。ド―――――ン!!

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隣には招福神社なるものも。中には一本の丸太が立っており、それを叩いてスッキリして貧乏神を追い出そう、というようなことが書かれていた。
・・・・これって「貧乏神神社」じゃ~~ん!(マニアにはおなじみ長野県飯田市にある神社)なんでここに~~!

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さらに奥へと向かうと「寝釈迦様」ののぼり発見。「寝釈迦の霊泉」の看板もあり。なんかいろんなものミックスしてんな~~、ここ。

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進んでいくと大きな寝釈迦様が鎮座。寝釈迦様がいるのは湖を見晴らせる絶好のナイスロケーション。いいところで寝てますな~~。
実はこの近くの山中に文化財にも指定されている古い石仏の寝釈迦様があり、それにちなんでこちらでも新たに寝釈迦様を作ったらしい。

それではじっくりお姿を拝見することにしましょうか~。

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デ――――――ン!!!

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寝釈迦様、くつろぎすぎです・・・・・。

こりゃ完全に休日のお父さんですな・・・。
それにしてもほんと気持ちよさそうな寝顔~。

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ベッド・・・、いや蓮台の下には「釈迦と長寿亀」の表記が。
んんっ?亀っていったいどこに~?

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いました・・・・。う~んプリティ。

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こちらが寝釈迦霊泉。龍の口から流れ出ている。
傍らでは弘法大師も寝釈迦様をほほえましく見つめてました。

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おまけ。観光案内看板で見つけた元祖寝釈迦様のイラスト。こちらもいい寝顔~。

(2008年5月)

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妻沼聖天山(埼玉県熊谷市)

「妻沼の聖天様」として親しまれる聖天山歓喜院。聖天はインドのガネーシャ神がルーツとされる象面の神様で、その姿は男女二体で表されることから古来より縁結び、夫婦円満の御利益があるとされ人々に信仰されてきた。
ちなみにこちらの妻沼聖天山も「日本三大聖天」のひとつとされ、やはりこれも三つ以上・・・・(以下略)。

さて境内の紹介。まず最初にデーンと出迎えてくれるのは貴惣門。江戸時代の作で、お寺の顔にふさわしい大スケールの山門。
とくに特徴的なのはその屋根の造り。破風を三つ重ねた独特なもので、それらの破風が織り成すフォルムはまるで城郭を思わせ、実にダイナミック。江戸の「粋」を感じるお気に入りの建築。

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貴惣門の両脇を守るのは持国天&毘沙門天の二天。こちらも門のサイズにあわせてなかなかの巨像で迫力満点。
ちなみに本来は増長天、広目天とあわせて最強軍団「四天王」を組んでいるのだが、山門の守護神として表される場合は四天王を代表してこの二天の組み合わせがけっこう多く(他には持国天&増長天の組み合わせも多い)、またこの場合二天も仁王同様に片方が口を開け、片方が口を結んだ「阿吽」の組み合わせになることが多い。

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二天の足下には健気にふんばる邪鬼くん達。こちらもちゃんと阿吽になっている。う~ん、プリティ~。

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斉藤実盛銅像。妻沼聖天山は平安時代にこの地を治めていた実盛が聖天を祀ったことに始まる。
銅像は出陣前に鏡を片手に墨で白髪を染め、決死の戦へと向かう姿を表したもの。年老いた自分が戦の相手に手加減されることを嫌い、最後まで一武人としての誇りをもってその生涯をつらぬいた。「平家物語」の中でもとくに好きな人物の一人だ。

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ちなみに実盛のことを謳った唱歌「斉藤実盛」を聴くことができる装置も銅像の傍らにあり、その名も「サウンドモール実盛公」。なんだかすごいネーミング・・・。

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近年ブームの「ぼけ封じ観音」もあり。以前に「西日本ぼけ封じ観音霊場」があるということを紹介したが(こちら こちら参照)、実は関東にも「ぼけ封じ関東三十三観音霊場」があり、ここ妻沼聖天山は十六番札所とのこと。そういえば以前青森の「昭和大仏」でも見たことあるし、四国にも「四国ぼけ封じ三十三観音霊場」なるものがあるらしい。その他各地の寺でも目撃多数・・・。只今、日本全国ぼけ封じ観音増殖中~~!

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こちらの灯篭にも邪鬼くん達が。灯篭の後ろからチラッと昭和アイドルポーズでご挨拶。(または「星明子ポーズ」

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後ろから見た図。フンドシがなんともプリティ。
漢だぜ~~~~~っ!

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境内案内図。金雲たなびく古絵図風でなかなか味わいのある図柄。ちなみに後方に見える山と川は赤城山と利根川・・・、う~ん大げさ!だけどそこが面白い。

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地図をじっくり見てみると、境内の一角に気になる物を発見。おぉ~~っ!象がいる~~~!?
まあ本物の象ではなく多分「像」なのだろうが、描かれている人間の大きさと比較するとけっこうな大きさに見える。これは期待。わくわくしながら行ってみると・・・、

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ぽ、ぽつーん・・・・。

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だから~、大げさすぎるってば~~~っ!!(爆)

本殿前には仁王門。こちらもひじょうに横幅があり、入口は三つの間に分かれている重厚な建築。
ところでお寺なのに何で本殿?と思われた方もいるだろうが、妻沼聖天山は現在は寺院であるが、聖天を祀る本殿は神社建築様式(権現造)であり、古の神仏習合時代の名残を伝えている。本殿は「埼玉の小日光」とも呼ばれる壮麗な社殿で、現在は修復中で平成22年の完成予定。

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仁王門の両脇には阿吽の仁王。こちらも巨像で迫力がある。
こちらは大きく口を開けて咆哮する阿形の仁王。

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そしてこちらが口をキリッと結んだ吽行・・・、

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「誰じゃ~!ワシのデコに千社札貼ったヤツァ~~~~~!!」

もー、キョンシーじゃないんだから・・・。(古っ)

妻沼聖天山を訪れたならこちらもぜひ食べたい名物「いなり寿司」。境内や近隣に数軒お店があり、江戸時代の宝暦年間から続く伝統の味。大きさも通常のいなり寿司の倍はあるジャンボサイズで食べ応えあり!うま~~。

(2008年6月)

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文殊寺(埼玉県熊谷市)

熊谷市野原にある五台山文殊寺は「武州野原の文殊様」として親しまれてきた古刹。文殊菩薩は知恵をつかさどる仏であり、とくに受験シーズンには多くの受験生による参拝でにぎわう。

ここ野原の文殊寺は、京都の切戸(天橋立)文殊、山形の亀岡文殊と並ぶ「日本三体文殊菩薩」のひとつとのこと。なぜか日本人はいろんなものを「三」でくくるのが好きですねえ~。ちなみにやはり日本三体文殊菩薩も他の「三大○○」の例に漏れず、三つ以上あるのもお約束ということで・・・。(他には奈良・安倍文殊院、大分・文殊仙寺など)

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雰囲気のある朱塗りの仁王門をくぐって境内へ。
仁王さん、天衣ゴワゴワ・・・、氷点下の手ぬぐい状態

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境内は仁王門、鐘楼門、本堂と直線状に並び、木々に囲まれた禅宗寺院らしいおちついた佇まい。とくに私が今回訪れた5月は、大忙しだった受験シーズンも終えて、境内も静まりかえっており、文殊様的には丁度オフシーズンでほっと一息いれているかのようだった。(茶店のおばさんの話では来月くらいからは公務員試験シーズンになるのでまた参拝者が増えてくるとのこと)

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参道にあった常夜灯。台座には「中山道」「鴻巣駅」とあり、以前は街道沿いに置かれていて、道しるべの役割をしていたものだろう。

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本堂には参拝者によって奉納された合格祈願の幟や絵馬、千羽鶴でぎっしり。文殊様の人気の程がうかがえる。
中にはクラス一同で寄せ書きして奉納した青春の熱い1ページを感じるものもあった。いいですね、こういうの。

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境内にも文殊菩薩像があり、こちらにもたくさんの合格祈願のお地蔵さんが奉納されていた。

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また文殊菩薩は「卯年の守り本尊」でもあり、ウサギに関連するものもいくつかあった。
いまいち落ち着かないウサギベンチ&ウサギ地蔵。

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門前には昔ながらの茶店が並んでいて、中でもとくに気になったのがこちらのお店、文前屋。「文殊やきそば」「智恵うどん」などなど実にソウルフルな看板が店を埋め尽くす、もう素通りできない店構え。なんだか看板読んでたら「文殊やきそば」食べたくなってきたぞ~~~っ!

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というわけで店に入って「文殊やきそば」を注文。気さくな感じのおばさんが作ってくれるやきそばは初めて食べたのになんだかなつかし~い味。お茶うけにお菓子までつくのもなんだか田舎のおばあちゃん家みたいでポイント高し。

(2008年5月)

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滝不動尊(埼玉県日高市)

国道299号線で秩父方面へと向かう途中、突然道の両側に赤い幟がズラリと立ち並ぶ空間に遭遇する。国道299号を通ったことのある方なら一度は目にしたことがあるだろう。そこが滝不動尊である。国道を挟むようにして境内があるので、お寺の中をドライブスルーで参拝してるようななんだか不思議な風景。

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さて今回はちょっと車を降りて参拝してみることにする。まずはお堂のある「仏堂ゾーン」から。
看板やバス停の表記は「滝不動尊」だが、この辺りの地名をとって「台滝不動尊」とも呼ばれている。国道に面した不動堂には石仏の不動明王が祀られており、厄除け、交通安全など諸願成就の神様として地域の人々に信仰されているようだ。

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不動堂の隣には「福地蔵」というお地蔵さんが祀られている。こちらも詳しい由来はわからないがかなり信仰されているお地蔵さんのようで、お堂にはたくさんの小さなお地蔵さんのぬいぐるみがぶらさげられていた。なんだかファンシーな雰囲気。

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とくに受験生に人気のようで合格を祈願した絵馬もズラリ。
不動明王や七福神を描いたオーソドックスなデザインのものからユニークな五角形の絵馬もあり。五角→ごーかく→合格!バンザ――イ!!

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やはり秀逸なのはこちらのデザインの絵馬。
ひたいに合格ハンコをペタン。う~んいい表情

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境内には参拝者によって奉納された様々な神仏の像が立ち並ぶ。
私の大好きな羅漢像もあり。酒びんを持って満面の笑みを浮かべる羅漢などユニークな羅漢がいっぱい。

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こちらは「鼻ほじほじ羅漢」。完全に指入ってます・・・。

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続いて道を挟んだ反対側の「庭園ゾーン」へ。こちらは小高い山と滝の流れる川があり、四季折々の花が咲く庭園風の空間になっており、やはりその中に不動明王をはじめ、釈迦如来、十一面観音、弘法大師、七福神など様々な神仏の像が点在している。

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なぜかこちらにも「鼻ほじほじ羅漢」が。なんで鼻ほじりにそんなにこだわりが・・・。後ろには同じく酒びん羅漢の姿もあり。

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こちらは新顔。だんご食い羅漢&タバコ一服羅漢。
なんだかここの羅漢たちはやたら近所のオッチャン的な人が多いような・・・。絶対モデルいるよねえ~~!

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山頂への道は七福神めぐりのコースになっている。なんだか懐かしのTAITOの「奇々怪界」に出てきそうなキャラ。カワイイ~。

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山頂に辿り着くとそこには大日如来が。やはりラストステージはこの御方だったのね~。というわけで、これにて全面クリアー

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さてざっと境内の様子を紹介してみたが、ご覧の通り、不動明王をはじめ、福地蔵、七福神、羅漢など様々な神仏がいっぱい。一見脈絡なく見えるが、それこそ民間信仰の真髄。「信仰」という同一テーマの下に人々が自分のお気に入りの神仏を祀っていった結果できたオリジナルマンダラ世界なのだ。
さらにその世界は広がり続けることだろう。だってまだまだ庭園ゾーンにスペースたっぷりあるし・・・。

民間信仰は現代も進化し続けている。

(2008年4月)

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北関東巨大七福神めぐり・蓮光寺(埼玉県寄居町)

好評の「北関東巨大七福神めぐり」

今回登場する巨大七福神はこちら~~~~~っ!!

ドォォォォ~~~~~ン!

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そしてもういっちょ!

ドドォォォォ~~~~~ン!

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巨大布袋&福禄寿~~ッ!!

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ここ蓮光寺「武州寄居七福神」の一寺で布袋と福禄寿を担当しているのだが、その中でもこちらの二体はすばぬけた巨大サイズ。平成元年の完成で、布袋の大きさは6.5メートル、福禄寿はひとまわりほど小さめといった感じか。
とくに七福神の中でも一、二をあらそうインパクトルックスの二人だけに、二体並んでしかも巨大とくれば、めでたさもインパクトも倍増じゃあ~~~っ!!!

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「蓮光寺」の名の通り、二福神のおわす庭園はシーズンには蓮が咲くようで蓮の鉢植えが並んでいた。でもこれってバ・・・。(以下略)
とりあえず「蓮タブ」と命名しておくことにする。

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さて続いて、残りの弁財天、寿老人の二福神もまわりたいところであるが、残念ながらまだ「北関東巨大七福神」のメンバーにふさわしいお二人が登場していないのである。いちおう全国的に見ればそれに該当する大きさの巨大七福神もいるのだが、せっかく群馬、栃木、茨城、埼玉ときたので、やはりここではあまり範囲を広げず北関東、あるいは千葉、神奈川あたりに登場してもらって「関東巨大七福神」をつくりたいところ・・・。

関東の神社仏閣のみなさん!
ぜひどこかつくってみませんかぁ~~~!!

(2008年1月)

北関東巨大七福神めぐり・一乗院(茨城県那珂市)

さて今回の「北関東巨大七福神めぐり」の舞台は茨城県。
茨城といえば当ブログでも今までに紹介してきたこちらこちらこちらこちら、そしてこちらなど、様々な日本一を有する素晴らしいお土地柄。

その茨城にまた一つ新たな伝説が加わった!

バン!

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バン!

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ババ――――――――ンッ!

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「日本一の毘沙門天」ここに見参!!!

全身を鎧につつみ、槍をたずさえ、キリッとした姿はまさしく武神!うひゃ~!カッコイイ~~~~ッ!
2007年秋完成。その高さ16メートル(台座をふくめて20メートル)、日本一の大きさである。ここ一乗院には佐竹氏、水戸徳川氏と歴代の領主に崇拝された毘沙門天が祀られており、そちらを大スケールで表したものとのこと。ただでさえ闘志満々の迫力あるお方なのに、巨大化してさらに大迫力~!
ちなみにその強さ「宇宙最強」とのことです。

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左右には奥さんの吉祥天、息子の善尼師童子を従えた親子三人の像。三人を照らすようにスポットライトが足下に。なんと夜はライトアップされるらしい!それもぜひ今度見てみたい~~!

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毘沙門天の足下には邪鬼の姿が。もちろん邪鬼だって日本一!でもおもいっきり踏まれちゃってるけど・・・。
邪鬼さん、日本一のご感想は?「ムギュ~~~~~~ゥ・・・・」

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台座部分は戒壇めぐり風の空間になっていて、中に入って参拝することができる。中の様子は入ってみてのお楽しみということで、あえてここでは紹介しませんが、まあ看板を見ればほとんどネタバレしちゃってますけど・・・。(おい)
ただ入口にたくさんの小さな懐中電灯があったことから、当初の計画ではもっと真っ暗闇の中を小さな懐中電灯の細い明かりを頼りに進んでいく感じだったのかなとも思う。安全性を考えてそこは変更になったのかもしれない。

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さてここまでが一乗院伝説第一章。「日本一の毘沙門天」だけ見て帰ってしまったのでは仁和寺の法師。この奥こそ一乗院の真髄といっても過言ではない。
まあ実際私もこの時はこの先にスゴイものが待ちうけてるとは気づいてなかった。多少門前の小坊主くんのゆるめの表情が気にはなっていたが・・・。

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一乗院本堂。本堂には本尊身代わり不動尊を安置。佐竹氏の守り本尊と伝えられ、北関東三十六不動尊霊場二十五番札所にもなっている。

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境内はその他にも毘沙門堂、薬師堂などのお堂や石仏石像がぎっしりと。開運、厄除け、交通安全、試験合格、縁結び・・・、そして印鑑供養まであらゆる御利益の神様仏様が勢揃い。なんだかアヤシゲな形をした道祖神や巨大エンピツ、巨大印鑑など、だんだんと気になる方たちが増えてきましたよ~。

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手水場には水の神様弁財天が祀られている。巾着にはおなじみの見ざる聞かざる言わざるの三猿が・・・。

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えぇっ?もう一匹いる!キミは誰~~~!?
えーと「せざる」さんだそうです。た、たしかに・・・。

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今年は子年ということで大きなネズミの絵馬も奉納されていた。

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あとはネズミとネコの像も・・・。
あくまでもこれはネズミなんです!ネ・ズ・ミ~~!

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地蔵堂にもたくさんのお地蔵さんが奉納されている。

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赤いよだれ掛けをかけてニッコリ笑顔のお地蔵さん。だからこちらもお地蔵さんなんです!お地蔵さん!
昔々、道に迷っておなかを空かせていた子供に、このお地蔵さんが頭を食べさせてあげたことから子供の守り神としてまつられるようになったとかなってないとか・・・。

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境内にあるサボテン園では管理をされている立派なおヒゲをはやしたパンチョスおじさんが。だからこれもメキシコ生まれだけど甘党で和菓子が好きなパンチョスおじさんですって~!

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小便小僧の像もあり。だからこれも春日部在住の某幼稚園児とは違うってば~、おねえさんったらいけずぅ~。ぷりぷり~ぷりぷり~~。

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境内にはコーヒーを飲みながら休憩できる東屋もあり、絵馬堂も兼ねているようでたくさんの力作の絵馬が奉納されていた。

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いずれも80年代後期に奉納されたものらしく、当時の世相を表したものが多く、ちょっとしたタイムカプセル状態。見てるとなんだかなつかしい。

仏像をモチーフにしたアートチックな作品。

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独眼竜政宗!うわ~、当時やってたんだ~!なつかし~~~。

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菜野星やギリシアから来た神様の姿も。
こちらも「宇宙最強の神」のような・・・。

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恋愛&スポーツに御利益あり。最近はお笑いにも御利益あり・・・?う~ん、そっちはあんま御利益ないかもねえ~。(←ちょっと~!ちょっとちょっと~!)

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まだ連載続いてるし・・・。こちらもある意味もう神だよねえ。

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さてそろそろ帰ろうかと思ったところ、目の前に不思議なお堂が出現した。行きはただの山門かと思って何気なく通ってきてしまったのだが、「宝大黒天」を祀るお堂になっているらしい。屋根の上に大黒天が祀られていた。

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そういえば入口でもこんな看板を見つけ、とりあえず着ぐるみの七福神がユニークだな~とは思っていたのだが、よく見れば謎の「天からおりてくるお守り」のキャッチコピーが・・・。これっていったい何??

さて、その正体は~~~、

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バン!

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バン!

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ババ――――――――ンッ!

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ええ~~~~~っ!!!!!

文字通りの「天からふってくるお守り」~~!三億円手に入れたい方はぜひゲットじゃ~~~っ!!

ところでジャンボ宝くじってこんなにあったのね。知らなかった~。
どうりで一年中西田敏行が踊ってるのを見るわけだ・・・。

(2008年5月)

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北関東巨大七福神めぐり・大前神社(栃木県真岡市)

栃木県真岡市にある大前神社は1500年の歴史を持つ古社で、大国主命とその息子事代主命(コトシロヌシノミコト)を祀っている。大国主命はわが国では大黒様と同体とされるのはよく知られているが、事代主命も神話で登場時に釣りをしていたことから漁業の神とされ、こちらでは同じく漁業の神である恵比寿様と同体としている。つまり大黒様恵比寿様の二福神を祀るありがた~い神社なのである。

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さて今回も「北関東巨大七福神めぐり」の第2弾というわけで、当地におわす巨大七福神様をご紹介したい。上記で説明したように親子神を祀っているこちらの神社では以前は同じ社殿に二神が同居していたが、平成元年に恵比寿様が一人立ちし、境内に新居を構えて「大前恵比寿神社」が誕生した。

その社殿の上には新しい家の主となって大喜びの恵比寿様の姿が・・・、

ジャ――――――ン!!!

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うひゃ~、見ているだけでこちらまで楽しくなってくるようないい笑顔。
高さは台座を含めて20メートル。もちろん日本一の恵比寿様!
髪型は古代の神々の定番の「みずら」。体育の時間「鉄アレイ」を持ってよく真似したよね~って、もしかして私だけか・・・??(汗)

ところで恵比寿様は普通は鯛を持っているのだが、こちらの恵比寿様が手に持つのは。この大前神社の神使が鯉だからだそうだ。もしかすると栃木は海無し県だし、海の魚よりも川の魚の方が親しみがあったのかもしれない。ちなみに「鯉」と「恋」をかけて、恋愛成就にも御利益があるそうだ。恋愛成就のお守りもいろいろ揃えてあるが、年頃の女子高生向けには「大前神社限定キティちゃん」とかもあり。

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恵比寿様の前には鯉の池があって、日本庭園風の空間になっている。なんか○ッキーが大黒様コスプレしたような石像や鯉にまたがる子供の石像などがあった。

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ちなみに鯉にまたがる子供の石像はなんだかこちらにも似ているような・・・(参考 おおさわ石仏の森・ふれあい石像の里)。鯉にまたがるのが子供たちの最近のトレンドですかね。

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近隣には「真岡観光リス村」もあり、タイアップしてるようだ。こちらもリスやプレーリードッグに餌やりとかできてかなり楽しい。詳しくは「まんじまる流 Z&A」をご覧くださいと、さりげなく私もタイアップ。

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こちらは以前訪問した折、境内に湧く「ご神水」を汲む時にいただいたミニ恵比寿様。水を入れる容器になっている。チャーミングな表情や髪型もよく再現されていていい感じ。最近は普通のペットボトルになってしまったので、けっこうレアアイテムかも。

ちなみに私がこちらの恵比寿様を知ったのは今から10年程前のニュース番組での「今度恵比寿様の体を塗り直すことになったので、みんなで恵比寿様の体に好きな願い事をじゃんじゃん書こう!」という内容だった。
いくらその後で塗り直すからって、なんともフレンドリーな御方だこと・・・。それで早速私もお願いさせていただきに参ったというわけで・・・。もうそれ以来の大ファン。

また次回の塗り直しも行くっす~~っ!!!

(2007年5月)

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北関東巨大七福神めぐり・中之嶽神社(群馬県下仁田町)

大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋。わが国ではこの七人の福の神を「七福神」と呼び、全国各地で七福神霊場が盛んに作られ、多くの人々に参拝され親しまれてきた。

・・・ところでこの平成の世、北関東に「巨大七福神」が出現しつつあることをご存知だろうか。

現在、既に群馬・栃木・茨城・埼玉とそれぞれに巨大な福の神さまがご降臨され、着々と北関東に巨大七福神パワーによる結界をはりめぐらせているのである!

ということで当ブログではそれを「北関東巨大七福神」と命名して、紹介していくことにする。
今回はその第1弾ということで、群馬県の妙義山にある中之嶽神社から。ゴツゴツとした巨岩奇岩が立ち並ぶ妙義山は古代にヤマトタケルノミコトが登ったと伝えられ、以来霊峰として信仰されてきた。その中腹に鎮座する中之嶽神社はヤマトタケルノミコトを主神として祀り、御神体を巨岩の「轟岩」としている。
そして神社の境内には大黒天を祀る「大国神社」もあり、こちらも平安時代に大納言藤原冬嗣と弘法大師が祀ったという由緒ある神社で、大黒天というと定番アイテムは「うちでの小槌」であるが、こちらの大黒天は剣をもつ珍しい姿をしているとのこと。大国神社の社殿前にも剣を持った勇壮な大黒天の像が立っていた。

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さて前説はこれくらいにして、そろそろあのお方にお出まし願いたいと思う・・・。
全国の七福神&巨大像ファンのみなさん、お待たせいたしました!

こちらが北関東巨大七福神「日本一のだいこく様」じゃ~~~!!

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ド―――――ン!

家屋の背後からぬっと体を現し、妙義山の奇岩を背にしてすっくと立つ堂々たるお姿~~!

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2006年建立。高さ20メートル、重さ8.5トンの巨大だいこく様!もちろん日本一ィィィィッ!(シュトロハイム風にどーぞ)
そしてその大きさに豪快な笑顔&金色に輝く体がさらにプラスされて、衝撃度が倍増している~~~!

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だいこく様の縁日は「甲子(きのえね)の日」 といい、甲子園球場も1924年の「甲子の年」に作られたことに由来している。ということで、甲子つながりで「野球の守護神」としてもご利益があるようで、野球少年たちが甲子園出場を願ってたくさんのバット型の絵馬を奉納していた。野球お守りもノーマルの白い袋の他に好みにあわせて白と黒のストライプの阪神カラーや黒地にオレンジラインのジャイアンツカラーの袋まで。そのうち12球団全部作ってくれるかも。う~む、だいこく様の右手に持ってるのがなんだかだんだんバットに見えてきたような・・・。

実は中之嶽神社には子供の頃より度々訪れていたんですが、数年ぶりに何も知らずに訪れ、こちらの巨大だいこく様に対面した時はなかなかの大仏道上段者を自称する私もぶったまげましたよ。やっぱり昔の姿をよく知ってるだけに、さらにそのギャップに驚き~~~!

ちなみにこちらが2007年の初詣ででした。
う~む、実に私らしい素晴らしい新年の門出となりました。

(2007年1月)

長岡百穴(栃木県宇都宮市)

宇都宮環状線を走行していると、突然車窓に飛び込んでくる無数の穴があいた謎の岩山。
これは「長岡百穴古墳」という古墳で、古墳時代後期に盛んに作られるようになった「群集墳」と呼ばれるタイプのもの。いわば古代人の共同墓地である。(以前に当ブログで紹介した吉見百穴と同タイプ)

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百穴と名前がついているが現在残っているのは52基で、以前はもっと沢山あったようだ。無数の穴のあいたこの不思議な岩山は、環状線からもよく見える立地条件でかなりインパクトある風景。
石室内部をのぞくと、吉見百穴同様「棺座」があって、シングルルーム的なつくりになっていた。

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さてこちらの長岡百穴、古くから人々に知られていたようで、上の写真のように当時そのままの雰囲気を残してる石室はごくわずかで、既に中世の頃には石室を転用して「ほこら」として使われていたようだ。現在も「百穴観音堂」というお堂が建てられており、石室の大部分には石仏が彫られている。
古墳の解説看板はたいていこれらの後世の造形物については重要視しておらず、やはりここでもこれらの石仏に関してはほぼスルーなのだが、こちらも巡礼空間としてなんだか興味をひかれたのでじっくり見てみることにした。

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馬頭観音と不動明王の石仏。
その他の石仏は聖観音、千手観音、如意輪観音などの観音系の石仏が大多数をしめており、やはり西国坂東秩父の百観音霊場の写し霊場として作られたものかもしれない。近くには同じく石仏で有名な坂東札所の大谷寺もあるし。

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岩をそのまま彫りぬいて作った味のある手水鉢。

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岩山には上段下段の石室を結ぶように石の階段が作られ、きちんと参拝順路のようになっている。石室内には、石板(寺の名前か?)がはめ込まれていたような跡や柱があったような跡があり、側面の壁に意図的に穴をあけたような箇所も見られる。胎内めぐりなどを意識した空間作りになっていたのかもしれない。

古より先人たちの眠る聖地としてこの地がふさわしいと思ったのか、それともな~んかよくわからんけど近所に丁度いい穴があったわ~ってことなのかはしらないが、後世に観音霊場めぐりが流行し、百観音の写し霊場を作ろうと思った時、身近にあったこの百穴が思いつくのは自然の流れだろう。私はやはり古来より神聖な場所として、この地があがめられていたから選ばれたのではないかと思う。

古代ロマンを感じるだけでなく、巡礼空間の一形態としても興味深いスポットである。

(2008年4月)

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七輿山古墳と五百羅漢(群馬県藤岡市)

数多くの古墳を有する古墳王国・群馬県。今までもいくつかの古墳を紹介してきたが(こちら参照)、今回紹介する「七輿山古墳」は全長146メートルの東日本では有数の大きさを誇る巨大古墳。造られたのは6世紀くらいといわれ、古墳時代としては後期にあたるが、全体的に規模縮小傾向が進む古墳時代後期において、これだけのスケールの古墳は素晴らしい。

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ひさびさに訪れたがやはりホレボレする見事な大きさ。古墳に隣接して「七輿の門」という資料館的な施設もできていた。入口にあるハニワのモザイク画がカワイイ。

ちなみに七輿山の名前は奈良時代にこの周辺を治めていた「羊太夫」という豪族が、朝廷によって謀反の疑いがあると無実の罪で討伐され、その羊太夫の七人の娘(あるいは七人の妻)が輿に乗ってこの地まで逃がれて自害し果て、ここに葬られたという伝説に由来している。
実際は古墳の造立時期と羊太夫の時代はずれておりあくまでも伝説なのであるが、この周辺地域には羊太夫伝説が数多く残り、地元の英雄であった羊太夫にこの大きな古墳の姿を重ねあわせたのだろう。

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さて七輿山古墳には古墳自体の他、もう一つ気になるものが存在する。それは五百羅漢
七輿山古墳の説明板では全くスルーされてしまっているのだが、墳上に五百羅漢の石像が並んでいるのである。この日は午前中に五百羅漢の寺定福院を訪問し、ふと以前ここで見た五百羅漢のことを思い出したので、ひさびさに訪ねてみたのである。

七輿山の五百羅漢はこんな姿である・・・。

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・・・・・。そう、みな頭をもがれた見るも無惨な姿である。無論風化によるものではなく、意識的に何者かが破壊したもの・・・。
ある者は説法中、ある者は座禅中、ある者は出かけようと草履の紐を結んだ瞬間で時が止まり、喜怒哀楽さまざまな表情で語りかけてくれていたはずの彼らは、今はその顔を失い、ずっと沈黙を続けている。
先ほど目にしたばかりの「定福院」の楽しそうな笑顔に満ち溢れた羅漢たちの姿を思い出すと、今目の前で座っているこの羅漢たちの姿にはとても胸をしめつけられる思いだ。

これは明治期の急激な改革の下、行なわれた「廃仏毀釈」の爪あと。
時の明治政府は神道を中心とした新しい国造りを促進するため、「神仏分離令」を発布し、全国各地でこのように寺院や仏像が破壊されたのである。この七輿山古墳の羅漢たちも一体一体全ての首が切断され、まとめて古墳の堀の中に投げ捨てられたという。石像そのものを全て破壊してしまうのではなく、あえて首を切断した体部を残すことによって、おそらく人々への見せしめにしたのであろう。新しい世を作るためという大義名分はあったのだろうが、とても悲しい出来事である。

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残された体を見ると羅漢たちはそれぞれ一体一体の個性を感じる見事なもので、当時の姿をぜひ見てみたかった。中には羅漢の名前が彫られた石碑もいくつかあり、以前はそれぞれの像の横にこうして名称を現した石碑があったのだろう。現在は羅漢たちはこうして一箇所に集めてあるが、もしかするとこの墳丘自体を羅漢たちが釈迦の説法を聞きに集まったという「霊鷲山」に見立てて、墳丘全体に配置されていたのかもしれない。(ちなみに寄居町の少林寺の裏山にも五百羅漢があり、そちらもこうした見立てが感じられる)

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「霊鷲山」に見立てていた根拠として、墳丘上には釈迦三尊の石仏もある。勿論こちらも首のない無惨な姿・・・。
頭を失った主人を乗せ、象もとってもせつなそうな表情・・・。

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中には頭部が発見され、元の姿に修復された羅漢もいる。
昔はみなこのように微笑んでいたのだ・・・。

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羅漢像の間を歩いていたら、一体の羅漢の頭を見つけた。
どうしても彼の体を見つけてあげたくて、一体一体見てまわったが、ついに該当する体は見つけることはできなかった。ごめん・・・。
体部も破壊されてしまっている像もあるので多分そのうちの一つだったのかもしれない。いつの日か無事に修復されることを願ってその場を後にした。

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実は七輿山古墳には20年ぶりくらいの訪問となる。小学生の頃から古墳好きだった私は、休日の度にひたすら自転車をこいで、埼玉、群馬、栃木など北関東の古墳を訪ねてまわっていた。(ほんと我ながらカワリモノだこと・・・)そしてある日、群馬の古墳界の大物スターであるこの七輿山古墳に来た時、墳上にズラリと並ぶこの「首なし羅漢像」に遭遇し、あまりの衝撃的光景に卒倒しそうになりながら、ほうほうの体で帰ったことがある。まさに少年時代は恐怖!もう恐怖の一言しかなかった。それ以来私にとってトラウマ的スポットであった。

しかしあれから月日が経ち、こうして各地の古寺や史跡を巡っているうちに考えも変わってきたのか、ひさびさに対面した羅漢たちの姿はひじょうに心をうち、感動的な再会であった。ああ、来てみて本当によかった。

そして羅漢たちの姿は遠い昔の羊太夫の伝説と重なって見えてくる。この地を舞台にして起きた二度の悲劇。羊太夫一族の最期と五百羅漢たちの受難・・・。
いずれも理不尽な暴挙による無実の悲劇である。

再びそんなことが繰り返されることが無いよう、彼らは無言で伝えてくれている。

(2007年2月)

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長興寺(茨城県かすみがうら市)

筑波山麓をドライブ中、見つけた看板。
おぉっ!「五百羅漢」とな~!こりゃ行ってみるしかないでしょー!
(ちなみに看板の「かすみがうら市指定文化財」とあるのは長興寺の山門と本堂のことで、五百羅漢のことではない)

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ズン!

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ズ―――――――ン!

出ました、五百羅漢~。すんばらし~い。
もう「まんじまる指定文化財」に認定しちゃう~~っ!!

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作家の方も何人かいるようで作風もさまざま。
山門から本堂前はいかにも羅漢さんといった感じの正統派スタイルの方々。とっても表情豊か。

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こちらはとっても漫画チックな羅漢さんたち。
ペンキで描かれたカラフルな仏様がイカス!思案顔もなんともユニ~ク。

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まん丸目がかわいい羅漢さんたち。ウインクパチッ。

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ジャジャーン!この笑顔!
もうハッピーになること間違いな~し!

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顔だけの羅漢さんもいたりして、だんだんシュールな世界へと・・・。

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さらにこのあたりの作品はもっとシュール。
バ――ン!おむすび羅漢!もはや人を超えた~~~!

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三角の体に顔をチョイとつけた姿は、かの円空仏をさえ思わせる風貌。かなりいい味出してる~。トコトコと行進する様はもうメルヘン!

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たーらこー。たーらこー。(違う)
愛らしい赤ん坊のような羅漢さん。

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ミスタースポック発見!!

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境内の一角には工房があり、十数年前より有志の方々により羅漢製作が行われているようだ。現在も鋭意製作中。また新たな羅漢さんが生まれようとしていた。
この長興寺といい、栗橋の定福院といい、人々が集って、みんなで作り上げていく感じがとってもいいっすね。元気な寺の秘密は五百羅漢にあり!

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往年の川崎球場じゃないよ。(オイ)
まだまだ羅漢さんのスペースもたっぷり。今後の充実ぶりが楽しみ~。

(2007年2月)

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定福院(埼玉県栗橋町)

栗橋の国道沿いで気になる看板、というか石仏を発見。
「羅漢入口」と彫られた生首羅漢とメッチャ笑顔のオッチャン羅漢。これはいったい・・・!?そしてオッチャンの指差す方へと進んでいくと・・・。

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デン!

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ガッハッハッハ~!巨大な頭だけの羅漢がお出迎え!
いったいこれは何なんだ~~~~っ!?

辿りついた先は定福院というお寺。「羅漢の寺」とある通り、門前にも参道にも羅漢さんたちがズラ~リ。

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そして数もさることながら、その造形もなんともいえない味がある。
作者は何人もいるようで、肖像彫刻のようなリアルなものから、マンガチックなものまで盛りだくさん。

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ハナ毛ビョ~~~ン。

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「おのれ~、アマゾンライダーめ~~~~~」

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駐車場にも四国八十八箇所のミニ霊場が作られており、こちらも手作りな作風の本尊たちがズラリ。作風はまちまちなのに、こうして並ぶととっても一体感がある。力をあわせた合作という感じがいい。

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阿吽の仁王の守る山門をくぐって境内へと入ってみる。
するとそこで待っていたのは・・・、

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「般!」「若!」「心!」「経!」
ぎょ―――――ん!

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前を見ても後ろを見てもそこには羅漢。
もう境内一面、羅漢だらけ~!うひゃあ~~~~っ!

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これらの羅漢像は全て素人作家のみなさんによるもの。平成元年より製作が始まり、すでに五百体を突破。現在も増殖中とのこと。

ほんとみんないい表情してる~。

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十三仏。こちらも作風さまざまなれど不思議と一体感。
とくに虚空蔵菩薩とそのお供の五匹の動物たちがカワイイ~。

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デ――ン!モヒカン羅漢!
ものすごい存在感。絶対誰かモデルいるよなあ・・・。

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股のぞき~。天橋立観光記念?
お尻に「絶景かな」の文字も。

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メガネブラザーズ羅漢。
メガネキャラけっこう多いけど、作者の方がメガネかけてんのかな。

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イエーイ!羅漢をバックに記念撮影~。
って、あんたも羅漢じゃ~~!

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誰じゃ~!わしのチョココロネ食ったんは~!
しかも中身だけ~~!

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仏教の守護神カルラ。カッチョいい~!

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中には目に石をはめこんであるものも。
眼力すごすぎ~!

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セクシーアイドル羅漢。うっふ~ん。
耳のパチンコ玉のピアスがオシャレ。

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えーと、未来から来たネコ型羅漢さんもいるようで・・・。

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出た――っ!まだ生きていた「だ○ご三兄弟」~!

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「お師匠様、ここが天竺ですか~」
「いえ、まだまだ先ですけど、みな楽しそうな素敵な国ですね」

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そう、ここは優しい笑顔であふれる世界。
みんなでニッコリ笑おう~。

(2007年2月)

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善生寺(東京都日野市)

昨年秋、高幡不動尊菊まつりを訪れた際に見つけた看板。
えーと、一見ごく普通の道路工事のお知らせなんですが・・・、

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これはいったい何だーっ!?

だ、だ、だいぶつ~~~!?

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さあこの看板を前にしてみなさんはこれをどう推理しますか。
うーむ、これはいったいどういうことだろう。まさか本当にこんなところに大仏あるのだろうか・・・。それとも何かの印刷ミスか、いやそれともスペース余ったから適当にカットでも入れてみたとか、でも大仏って・・・・。な、謎だ~~~!?

・・・・で、実は本当に大仏あったりして。

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こちらは日野七福神の一つでもある善生寺。大仏は釈迦如来で、平成7年に釈迦誕生2560年と善生寺開創350年を記念して建てられたもの。高さ約5メートル。

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境内を見れば、また一つ不思議なものが。大仏の手だけがデーンと。何だこりゃあ~~!?

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これは本物の大仏の手には触れることができないため、その代わりに大仏の手だけを作り触れられるようにしたものとのこと。両手の間に立てば、丁度大仏の姿が真正面に見え、高台にある大仏まで参拝できない人はここで遥拝できるようになっている。
遠くに大仏の姿が見え、手前に大きな手だけがあると、高台からビューンとこちらまで手をのばしてきたかのようにも感じ、なんとなく3D感覚も。

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大仏の背後の風景もなかなかすごいことになっている。
なんと後は交差点。横断歩道を渡ればそこには大仏の背中。ちなみに背中についている輪の中心は時計がついているので待ち合わせにも便利かも。

「今度の週末は大仏様の背中で待ち合わせね~」

(2007年1月)

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弘明寺観音 節分法会(神奈川県横浜市)

坂東三十三観音十四番札所、弘明寺。横浜の中心街にも程近い場所でありながら、参道には昔ながらの商店街が続き、下町情緒たっぷりである。
弘明寺では毎年節分の日に「節分法会」が行われ、赤鬼青鬼、そして天狗烏天狗まで登場し、商店街を練り歩くとのこと。それは楽しそう~ということで行ってみると・・・、

出た――――っ!鬼&天狗~~~っ!

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妖怪スターが大集合。カッチョいい~。
もちろん子供たちに大人気で、一緒に記念写真とか撮ってました。元祖「変身ヒーロー」といったところですかね。

やがてほら貝の音が鳴り響き、いざ出陣。
「うが~~~」

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「ぐはははは~~~」

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「ぐお~~~~~」

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「うぎゃ~~お~~~~~」

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ほら貝と太鼓をガンガン鳴らしながら商店街を練り歩く妖怪スターのみなさん。もうサイコ~~~~っ!!

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そして最後は年男年女のみなさんによる豆まきが行われ、みーんな「ワゴン車」に封じこまれちゃったりして・・・。

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「ではみなの衆。さらばじゃ~~~」
バイバーイと手をふりながら去っていく姿はなんともほのぼの&面白すぎ。まさに下町のアイドル。

(2005年2月)

京のアフロ仏像(京都府京都市)

仏像の髪型といえば、あのパンチパーマのような特徴的な髪型を思い浮かべる人も多いと思う。あれは螺髪(らほつ)という如来独特の髪型で、モデルとなったお釈迦様がそういう天然パーマだったらしい。一つ一つの巻き髪をビヨ~ンと伸ばすと、実は超ロンゲだとか。

そんな仏像界のファッションリーダーといえるお方が京都におはす。
場所は黒谷金戒光明寺、その御姿はというと・・・。

バ――――――ン!

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つのだ☆ひろか~~~~~~っ!!

ちなみにこれは「五劫思惟阿弥陀仏」といい、人々を救うために何百億年というとてつもなく長い時間考え込んでいたためこんなにも髪の毛が伸びてしまったというわけ。それにしてもすごすぎ・・・。

うーんとってもありがたや~。ナムアフロブツ。

(1997年5月)

京のいのしし社寺めぐり(京都府京都市)

亥年ということで、京都の二大いのししスポットを紹介。

ひとつ目は建仁寺の塔頭の禅居庵。
いのししを使いとする摩利支尊天をまつっており、境内では狛犬の代りにこの通り、いのししが守っている。かわいいウリ坊タイプから、大きなブロンズいのししまでいっぱい!

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続いて京都御所近くにある護王神社。和気清麻呂公をまつっている。こちらも御覧の通り、いのししが守っている。これは清麻呂公が敵に襲われた時、三百頭のいのししが現れて守ったという伝説によるもの。

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全国から集められた「いのししコレクション」も展示。
もうどれもこれもカワイイ~ッ!ブヒ―――ッ!!

(1997年5月)

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東久留米七福神(東京都東久留米市)

毎年正月恒例の七福神めぐり。今年は「東久留米七福神」をお参りしてきました。
東久留米七福神は、

大圓寺(恵比寿、福禄寿、寿老人)
米津寺(布袋)
多聞寺(毘沙門天)
宝泉寺(弁財天)
浄牧院(大黒天)

の五箇所。今年の正月は各寺でクイズが出題される「七福神めぐりクイズラリー」なんてイベントも行われていた。

大圓寺。山門に七福神堂があって七体全てまつられている。

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宝泉寺で見つけたかわいい恵比寿様。

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浄牧院には十二支それぞれのお地蔵様がズラリ。

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それぞれの動物たちと遊ぶ姿がカワイイ(まあ、顔は無表情ですけど・・・)。今年の干支のいのしし君は大好物の竹の子をおねだり中。

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しかしその中で一つ、なぜか馬だけこんなすごいことに。
う、馬のかぶりもん・・・。

アニメ版「聖闘士星矢」もビックリ!

(2007年1月)

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長生観音(千葉県長生村)

長生村。その縁起のいい名前と温泉も湧きでるこの村はなんだかとっても御利益ありそうである。
そうなればやっぱりお出ましになられるのがホトケ様。その名も「長生観音」。「長生」と「観音」の字面がマッチして、実にいいネーミング。看板を見かけたのでちょっとお参りしてみることに。

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長生観音。大きさは5、6メートルくらいですかね。やはり村名の「長生」と「長生き」をかけてるようで「ながいき観音」と読み仮名がふってある。平成元年、地元の観光協会を中心に建立されたそうで、台座には由緒ある納入品も納められており、やはり当時は盛大な開眼式が行われたんでしょうね。

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でも・・・、なんつーか辺り、何にもないんですけど。幹線道路沿いでもないし、ただ周囲には空き地が広がってるだけ・・・。

たった一人ぽつーん・・・。

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「ねえみんな~、わたしのこと忘れてな~~い・・・、よね~っ!?」

(2006年12月)

藻原寺・茂原公園(千葉県茂原市)

藻原寺。藻原とは茂原の古い地名で、その名の通り、茂原を代表する古刹である。

この藻原寺で一際目立つ建物が山門。参道の先に見えるその姿は、遠目からでもただものではないことがわかるインパクトあるルックス。

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参道をずんずん進んでいくと次第にその大きさが明らかになるその姿。眼前にデーンとそびえ立つ巨大な楼閣。高さ25メートル。ずっしりとした存在感!

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壁面にもこんな彫刻が。グリフォンかな。
う~んエキゾチック。

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このようにとっても斬新でエキゾチックなデザインの山門なのであるが、作られたのはなんと昭和八年というからさらに驚き。もっと最近のものかと思ってた。しかしよく考えれば同じ時期に建築家伊東忠太の築地本願寺なども作られており、当時の方がこう革新的だったのかも。

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本堂は房総の名匠「二代目波の伊八」による彫刻が見事。
境内には大きな釈迦如来の石仏も立っている。元禄四年の作。

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庭園には古いコンクリートの馬の像もあった。観音堂に日蓮上人の愛馬がまつられているのでその関連のものだろうか。

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藻原寺の裏手は弁財天をまつる弁天湖のある茂原公園。園内にはたくさんの桜の木が植えられており、桜の時期はなかなかよさそう。

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弁天堂にはなぜだか五月みどりの碑。おぉ!かまきり夫人!(古っ!)
碑には「生涯青春」のお言葉が。まさにぴったし・・・。

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丘の上には展望台。
最近はこういうレトロな展望台も少なくなってきましたね。

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でも登ってみると、こういう場所にありがちな「夜露死苦」とかの漢字書き取りや保健用語だらけでむごいことに・・・。みなさん、落書きはやめましょうー!

(2006年12月)

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圓鏡寺(千葉県富津市)

前回の圓明院と同じく「関東八十八ヶ所」「上総国ぽくり六地蔵尊」、そして「上総の七福神」の恵比寿をまつる圓鏡寺。
やはり気になるのは恵比寿様。さてその御姿はというと・・・、

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ジャ――――ン!

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な、な、なんじゃこりゃあ~~~~っ!?

(しばしトリップ)

・・・えーと、恵比寿様の周囲がすごいことになってるんですが、そこはひとまずこっちにおいといて恵比寿様から紹介していきましょう。

恵比寿様、もう満面の笑顔です。
でも烏帽子の形がまたしてもどことなくアヤシゲ~な・・・。

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手には大きな鯛を抱えています。
えーとまたしても衣のシワが・・・。き、気のせいですよね?

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恵比寿様、けっこう現代的な竿使ってます。
・・・なんてツッコミ、いまさらどうでもいいですよね・・・・。

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・・・・で、恵比寿様、横の方たちはいったいどなたなんですか~~~~~っ!?

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今回は二福神を訪ねてみましたが、後で調べてみたところ、やっぱり上総の七福神、みんなインパクトあるルックスの方たちだそうです・・・。

(2006年12月)

圓明院(千葉県君津市)

国道410号沿いの高台に朱塗りの鐘楼とたくさんの看板が目立つ寺がちょっと気になったので立ち寄ってみることに。なんだかチラッと大観音の姿も見えたような・・・。

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関東八十八ヶ所ってのは知ってたが、「上総国ぽくり六地蔵」っていうのは初めて知った。ご利益や霊園の案内看板に混じって、韓国家庭料理店の看板もあったりして油断できない。

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坂道を登っていくと本堂、そして金色の大観音が立っている。
こちらの大観音の名前は「娑羅観音」といい、6メートルほどの大きさ。

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上総国ぽくり地蔵。足元にはおじいさんおばあさん。以前紹介した「ぼけ封じ観音」にも似たルックスであるが、こちらはその名の通り、老後いろいろと苦しむことなく、ぽっくりと死んで極楽往生できるとのこと。高齢化社会の現代、こちらも時流にあった仏様である。

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さてこの圓明院で一番気になるのはこちらの御方・・・、福禄寿。
このあたりの七福神めぐりの「上総の七福神」の一体とのことであるが、どことなく頭の形がアヤシゲ~な形をしているような・・・。

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えーと、これはたまたまこういう形の頭の人だったんですよね・・・。

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うーむ、亀の頭までなんだかアヤシゲ~。
あ~、なんだか衣のシワまでだんだんアヤシゲ~に見えてきた・・・。誰か助けて~~~!!

(2006年12月)

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波除稲荷神社(東京都中央区)

波除稲荷神社は築地の守り神。江戸時代にこの地を干拓しようとした際に、たびたび大波によって工事が妨げられてしまい困っていたが、海上に漂っていた稲荷神の像を見つけ、それをまつったところ、波がおさまり無事に工事を終えることができたという。
波除ということから漁業、航海業の人々はもちろん、あらゆる波を乗り切るということで災難除けや商売繁盛の御利益もあるそうだ。

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築地というお土地柄か、市場関係者、海鮮料理関係者からの奉納が多い。神社の境内には「すし塚」「活魚塚」「海老塚」「鮟鱇塚」「玉子塚」と寿司屋、天ぷら屋などでおなじみの料理、食材の石碑がズラリ。う~、食わせてくれ~~。

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そしてこの神社で一際目をひくのがこちらの巨大獅子頭!
高さ2.4メートル、幅3.3メートル、重さ1トン!すごすぎる~~!

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向かいには一回り小さいサイズのもう一頭の獅子頭。
歯が黒いので「お歯黒獅子」と呼ばれ、こちらはメスとのことだ。

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築地を見守る二頭の巨大獅子。
まさにビッグカップル!

(2006年2月)

光前寺(長野県駒ヶ根市)

駒ヶ根の光前寺は、霊犬早太郎の伝説が伝わる古刹。
しだれ桜や光苔の寺としても知られている。

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境内の一角には凛として立つ早太郎の像が。
早太郎伝説とはこんな話である。

昔、光前寺に和尚さんと早太郎という犬が仲良く暮らしていました。ある日のこと、一人の僧が寺を訪ねてきて、化け物を退治するのにぜひ早太郎の力を貸してほしいと願い出ました。その僧が言うには、化け物が「早太郎には知らせるな~」と歌っているのを聞き、早太郎こそ化け物を退治できるとのこと。和尚と早太郎はその頼みを聞き入れ、早太郎は僧と一緒に化け物退治に向かいました。そして早太郎によって化け物(正体はヒヒ)は見事退治されたものの早太郎も深い傷をおってしまい、ふらふらになりながらも寺までたどり着き、和尚の手の中で静かに息をひきとりました。そして人々は早太郎に感謝し、霊犬としてまつったという・・・。

・・・と、まあお寺で流れてた子供向けアニメで見たんですけどね。
でもこのアニメなかなかよく出来てて、「まんが日本昔ばなし」世代としては、見てたらなんだかはまってしまい、とくに和尚と早太郎の愛情あふれる世界に思わず涙腺が・・・。ううう。やっぱり犬はいいよなあ~。もう一発で早太郎ファン!

早太郎は今日も人々を見守りつづけている。

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そのような縁から現在も愛犬家の方々のお参りも多い。
愛犬用のお守りはもちろん、祈願済のドッグフードなんてものまで。

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庭園の拝観はお茶つき。オリジナルの早太郎湯呑みがカ~ワイイ!
こちらはなんと持って帰れます。早太郎ファンはぜひゲットですよ~!

(2006年8月)

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高倉観音(千葉県木更津市)

坂東三十三観音三十番札所、高倉観音高蔵寺。
寺伝によれば創建は古代に遡り、藤原鎌足の誕生にまつわる霊験譚も伝えられている。現在の本堂は室町時代の建築で、太い柱で組まれた高床式の建築になっているのが特徴。床下は大人が余裕で歩ける程の高さ。(←ここよーく覚えておいてくださいね)太く巨大な柱が立ち並ぶ外陣は、古代ギリシャの神殿をも連想させる。

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現在も坂東巡礼はもちろん、藤原鎌足誕生伝説にちなんで子授けや子孫繁栄などにとてもご利益がある観音様として信仰されている。

しかし現代社会では続々と新たな願いが生まれているようで、そんな時流にあわせて新たにさまざまな神仏たちもまつられるようになってきてるようだ。ラインナップを見てみれば、白蛇、フクロウ、老猿、狸・・・、なんと「仙台四郎」まで~~~!
そしてご利益の方も禁煙や縁切り、ストーカー除けといったものも・・・。まさしく現代の人間社会の縮図といった感じですなー。

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さてここでクエスチョン!(by世界ふしぎ発見)
なんでいきなりクイズが~~!?RPGかよ~っ!しかもおやじギャグ!!

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まあせっかくの出題なので、境内を探してみることに。ヒントは納経所の近く、菩提苑という庭の中らしい。
えーと菩提苑、菩提苑と探してみると、納経所の裏手に庭園が。以前テレビ中継で紹介されたこともあるらしい。放送された時間、何もそこまで細かくなくても・・・。

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庭園にはいろいろな石仏や石像などが置かれていて、ぐるっと散策できるようになっている。

お釈迦様。なんだかトロピカル~。

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あ、象さん見っけ!見つけた象~~!(さっきの看板風に)
高倉観音のマスコット、名前は「クラちゃん」。もしかしてネーミングは高倉観音の「クラ」からか・・・??

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こちらにも「霊獣」発見・・・。
一大社会現象とまでなったパワーは、まあ「現代の霊獣」といっていいでしょう。108匹というのも仏教の煩悩の数と同じだし・・・。(おい)

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えーと、こちらのお地蔵様・・・、
いやこれはまさしく「ドラ○もん」~!

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石碑にはメッセージまで彫られてます・・・。そりゃ本当にこの方がいたら、全知全能の最強ゴッドでしょー!おこさまだけでなくおとなもおねがいしたい――っ!!
石像と比べて石碑の方のはやたら出来がいいような気もするけど、元々二次元キャラだし、立体よりもこういうレリーフっぽい方が彫りやすいのかもね。だって無理やり三次元化するとこーんなことにもなっちゃうし!

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それにしても観音霊場にまさかドラ○もんがいるとは・・・。
あ、でもドラ○もんの以前の中の人もお寺マニアみたいだし(あちこちで千社札見かける)、まいっか。(おい)

境内の売店にもなんだか味のある霊獣のみなさんが。挨拶も「いらっしゃいませ」「welcome」とバイリンガル。

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お守りや御利益グッズに交じって、なぜかケロロ軍曹のストラップまであったけど(しかもケロロ小隊全員!)、これってもしかして「観音」つながり~~っ!?
まさかお寺でタママ、クルル、ギロロ、ドロロって名前を見るとは・・・、なんともシュール。

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そして本日のメインはこちら。「観音浄土界&地獄極楽界めぐり」!
一番最初に「本堂の床下を歩ける」と説明しましたが、なんと床下にこんなアトラクションが~~!

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中の様子をお見せできないのが残念ですが・・・・、なかなか「濃い」っすよ。
ワンダーランドに「welcome」!

(2006年6月)

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高幡不動尊菊まつり'06(東京都日野市)

昨年に引き続き、今年も「高幡不動尊菊まつり」へ。

今年の菊人形のテーマは「七五三」。この季節の恒例行事ですね。
本物の七五三のファミリーたちもいっぱい来てましたよ。

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さて今年の菊まつりも人気スター新選組副長土方歳三の登場。
今年の歳三、こんな感じです。

バ―――――ン!

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今年はさらにビミョー・・・。
なんていうか、目が、目が、ヤバすぎる~!いったいどこ見てんの~~~!
早くこっちの世界に帰ってきて~~~~っ!!

(2006年11月)

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三寳寺(東京都練馬区)

武蔵野の古刹、三寳寺。お寺には行ったことがなくとも、石神井公園の三宝寺池の由来となった寺といえばわかるだろう。
豊島氏、徳川氏とこの地を治めた領主に厚く信仰され、現在も武蔵野三十三観音、関東三十六不動、御府内八十八箇所の札所でもある。

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平成8年には開創六百年記念として多宝塔、そして平和観音像が建立された。
平和観音像は高さ9メートルの石造の大観音。十一面観音の石像としては最大級の大きさだろう。

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十一面観音はその名の通り、頭上に慈悲、笑い、怒りといった十一のいろんな表情の顔を持っているのだが、そちらもこの通り見事に表現。必要に応じてそれぞれの面を使い分けて、人々を正しい道へと導いてくれる。
後頭部の中心は大爆笑の表情のその名も「暴悪大笑面」。これは別に楽しくて笑っているのではなく、悪事に手を染める愚かな人間を笑い飛ばしているというもの。もう観音様ってばシニカル~。

(2005年11月)

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城山鬼子母神(大分県豊後高田市)

子供の守り神、鬼子母神。500人の子供がいると言われる超「大家族スペシャル」なお母さんの神様。
しかし元々は人間の子供を捕って喰らう悪鬼で、その所業を見かねたお釈迦様は鬼子母神の子供の一人を隠してしまい、子供を失った母親の心を悟らせて改心させ、それ以来子供の守り神となったという。

さて豊後高田の市街地の高台に「日本一の鬼子母神」が鎮座している。その姿はというと・・・。

バ―――――――ン!

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高さ4メートル。うーん、なんとも頼もしいその御姿・・・。どっしりとした風格はさすが500人の子供を育てただけのことはあります。これぞまさしくニッポンのお母さん!(まあ鬼子母神は元々インドの神様なんですけど・・・)

あ、でもこんな感じの人、「工業哀歌バレーボーイズ」に出てきたような・・・。(おい)

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鬼子母神の足元を見れば、鬼子母神の500人の子供たちを表現したものだろうか、おびただしい数の小坊主くん人形でひしめきあっている。500人の子供たちを実際に表現しようとしたとこが素晴らしい~!

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境内にはもう一体の仏像も鎮座。こちらはお釈迦様だろうか。
こちらも全体的にユニークな造形なのだが・・・。

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やはり極めつけは髪型・・・、なんと螺髪のカリアゲ!
仏像界のニューヘアー。これからきますよっ!!

(2006年9月)

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東光寺五百羅漢(大分県宇佐市)

宇佐の東光寺は五百羅漢の寺として知られている。
本堂の裏手に回りこむと、そこにはデデーンと五百羅漢の山!

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山は如来の説法を聞きに集まった羅漢たちでもうぎっしり。
席は完全にSOLD OUT!会場は今まさに最高にヒートアップ!といった感じ。ものすごい迫力だ。

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この東光寺の五百羅漢は幕末から明治時代に約二十年間の歳月をかけて、一人の石工によって彫られたものとのこと。一体一体の表情が実に個性的で、今にも話し声が聞こえてきそう。

「あ~、聞こえんなあ~~!」とウイグル様ポーズを決める御方も。

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少し離れて十六羅漢の石像と仏足石もある。こちらもユニークな表情。

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とくに五百羅漢でもインパクトのあるのはこちらのラゴラ尊者。お腹を開いて心の中の仏の姿を見せるポーズで有名な方。

「おい、今日はお互い腹を割って話そうや」

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「よっしゃ~~~~~~っ!」

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Wラゴラ尊者、夢の共演~~~!!

(2006年8月)

満願寺(千葉県銚子市)

西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音、四国八十八箇所・・・、四大霊場あわせて百八十八ヶ寺。その百八十八ヶ寺巡礼の満願成就の寺を称するのが、その名も満願寺だ。飯沼観音円福寺の奥の院でもある。

犬吠埼に下り立てば、デーンと姿を見せる金色にかがやく大伽藍!犬吠埼の荒波も逃げ出す迫力~~!

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満願寺の創建は昭和51年。この壮麗な伽藍は百八十八ヶ寺巡礼を満願成就した記念に巡礼者のみなさんの寄進によって建立されたものだそうだ。まさに全国の巡礼ファンの集いの場。

まだ朱の色もまぶしい完成したばかりの巨大な仁王門をくぐって境内へ。

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ウスサマ明王をまつるウスサマ堂。ウスサマ明王はこの世の不浄なものを全て焼き尽くす神様として信仰され、ご不浄、すなわちトイレの神様としてまつられる。つまりこの立派なお堂、トイレなんですよ!トイレ!今までお寺のトイレにウスサマ明王がまつられているのは見たことは何回もあるが、その中でも一番の豪華さでしょ~!

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ウスサマ堂にまつられるウスサマ明王。左右はそれぞれ善男善女のお手洗い。いやすごく立派なお堂なのて、用を足すのもどことなく静粛な気分・・・。うーん、ありがたや~。

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銚子といえばやっぱり醤油。町のいたるところで二大醤油メーカーの看板やベンチを見かけるのだが、ここでも熱いバトルが!

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伽藍の中心となる本堂と開山大塔。開山大塔をぐるっと囲むように回廊状の建物が左右にあり、西国、坂東、秩父、四国の百八十八ヶ寺の写し本尊がズラリとまつられた巡礼コースになっている。私はまだ百八十八ヶ寺を満願成就したことはないですが、一寺一寺名前をみながら巡れば、訪れたことのある寺の名前はなんだかなつかしくちょっと感慨深いものもある。そんな私でさえそう感じるのだから、もう満願成就したみなさんは、ああ、あの巡礼の旅の思い出よ再び~と、やっぱ感涙もんなんでしょうかね~。

回廊の巡礼コースを順々と巡っていくと本堂へと至り、さらに本堂から直結して開山大塔へと巡礼コースは続いている。塔の内部はいわゆるさざえ堂(立体巡礼型の多層の巡礼堂。同じコースを巡らずにぐるっと巡礼できるようになっている)風のスタイルで、回廊スタイルの巡礼堂とあわせて、巡礼堂の二大スタイルを組み合わせた建築になっている。設計した人は絶対巡礼堂マニアに違いない!しかも当初の計画では地下霊場まで組み合わせる予定だったとか・・・。もしもそのまま完成していたら究極の夢の巡礼堂だったのに~、う~見てみたかった~~っ!

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さて百八十八ヶ寺を満願成就した巡礼者のみなさんは満願寺を参拝し、これにて巡礼の旅も無事終了ということになるわけですが、ふと境内の売店を見てみれば・・・、ズラ~ッと並んだ霊場巡礼ガイド本!最上に津軽に鎌倉尾張小豆島・・・、そして北海道まで~~!こ、こんなにも霊場ってあるの―っ!まさに日本全土、大巡礼テーマパーク!!

巡礼ファンの旅に終わりは無い・・・。

(2005年11月)

円福寺(千葉県銚子市)

坂東三十三観音二十七番札所、飯沼観音円福寺。漁師の手によって銚子の海から引き上げられた観音様が本尊と伝えられ、漁業の街銚子をずっと見守ってきた。

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境内風景。本堂の前でデーンと座っている方がいますが・・・。

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出ました大仏!江戸時代に銚子の人々によって建立されたもの。
丈六サイズ(約4.8メートル、基本的にはこれ以上の大きさを大仏と呼ぶ)の堂々たる姿。なんだかものすごく目立つ場所にいますが、以前の巡礼ガイドの写真を見るとこの位置には無く、どこか屋根つきのお堂にいたようなので(お堂が破損した?)、ここ十年くらいにこの位置に移したものだろう。なかなかのインパクトある光景。

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本堂の隣の空き地には五重塔を建設予定。で、それを表示する看板が立っているのだが・・・、これがデカッ!15メートルくらいはあるんじゃないか。もうこれだけでちょっとしたビルでしょー!

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よく見ればドアつき・・・。もう完全に建物じゃん!
中どうなってんの~~~!?

(2005年11月)

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稲積水中鍾乳洞・稲積大観音(大分県豊後大野市)

豊後大野の稲積水中鍾乳洞。名前に「水中」とあるように、鍾乳洞の洞内は30万年前の阿蘇山大噴火によって一度水没しており、鍾乳石が水の流れによって浸食され、他の鍾乳洞に見られない独自の造形を形作っている。現在も洞内は豊かな水をたたえ、水の上に掛けられた網目の通路を渡って見学する。灯りによって浮かび上がるどこまでも透明なアクアブルーの世界は実に幻想的。ファミリーにもカップルにもおすすめのスポットですよ。
(鍾乳洞内の画像は暗くてうまく撮れないだろうし、あのアクアブルーの世界は実物をぜひ見てほしいのでありません。とりあえず鍾乳洞入口の画像でも)

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さて今回私が紹介したいのはもう一つの物件。
稲積水中鍾乳洞の看板の近くに、なぜか仁王が・・・。

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それもそのはず、なんとこちらの稲積水中鍾乳洞にはこんな方がいらっしゃるんです!

バ―――――――ン!金色に輝く「稲積大観音」!!

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高さ22メートル、2005年8月の開眼。ついに大分にも大観音上陸!
もちろん大分県最大の大観音様だ~~~!!

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正式には「稲積昇龍観音菩薩」といい、その名の通り、二匹の竜が足元より姿を現している。観音&竜のWパワーで御利益もアップ!

竜がエサちょーだい、って甘えてるみたいで、なんかかわいい・・・。

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大観音の周囲も十二支守り本尊や七福神、弘法大師などいろいろな神仏がまつられていて、「仏の里」として整備されている。

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やはりこちらにも当世ならではのこの方がおられますね。
今、もしかして全国でぼけ封じ観音大ブレイク中!?

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恵比寿&大黒天。超ノリノリ~~!

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その他にも園内は「開世寺美術館」「ホタル資料館」「なつかし昭和オモチャ館」「喫茶食堂」と、充実のラインナップ!(ちなみに美術館には工藤静香の絵がありましたよ)そして来場者にはもれなく20リットルの天然水プレゼント付き~~~!

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大観音の前になつかしオモチャ館・・・、これぞまさにエンタテイメント曼荼羅世界!
ファミリーにもカップルにもおすすめのスポット・・・、そして大仏マニアは今すぐ行くしかな~~いっ!!

(2006年8月)

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内山観音・般若姫像(大分県豊後大野市)

豊後大野の三重町は、真名野長者伝説の里として知られる。

この地に住んでいた貧しい炭焼き小五郎が奇縁によって都の貴族の娘玉津姫と結ばれ、財宝を見つけて長者となった。そして二人の間には一人の女の子が誕生し、般若姫と名づけられた。姫は美しく成長し、やがて一人の牛飼いの若者と恋に落ちた。実はその若者の正体は皇太子であり、姫は見初められて妃として迎えられることになり、都へと向かうことになったのだが、その航海の途中、嵐にあって悲劇の最後を遂げてしまったのである。美しくも悲しい古代の恋物語である。

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長者夫婦は姫の死を深く悲しみ、姫の菩提をとむらうために建立したといわれているのが内山観音である。内山観音には般若姫ゆかりの観音像がまつられ、伝説にまつわる史跡が伝わっている。また境内の薬師堂には全国でも珍しい千体薬師像がまつられており、千体の薬師如来がズラリと立ち並ぶ光景は壮観である。

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お寺の裏山の内山公園には美しい般若姫の姿をしのんで、姫の像が立てられている。
さて、私も訪ねて古代のロマンチックな恋物語の世界をしのぶこととしましょうか・・・。

・・・・って、デカッ!!

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その大きさ、なんと20メートル!
もう伝説ロマンもぶっとびまくりの迫力!すごすぎる~~~!!

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姫の足元には両親の真名野長者夫妻の像。
こんなでかい娘じゃさぞかし子育て大変だったろうなあ~。(違うって!)

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山の間からニョッキリ、般若姫。
いにしえの恋物語の伝説の主人公がまた新たな伝説を作る・・・。

(2006年8月)

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菅生磨崖仏・六字名号(大分県豊後大野市)

豊後大野の山中に刻まれた菅生磨崖仏。左から千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音、多聞天。
平安時代後期の作で、十一面観音の頭上の化仏といい、千手観音の腕といい、細部までひじょうに細かく彫られており、実に見事。これらの仏たちは熊野神社の神々を表現したものと言われ、神仏習合の名残を伝えている。

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菅生磨崖仏の近くに「南無阿弥陀仏」の六字名号を刻んだ石もあるということで、こちらも訪ねてみることに。そこで待っていたのは・・・、

バ――――――ン!

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崖に刻まれた巨大な「南無阿弥陀仏」の文字!想像していた以上の大スケールの作品。高さ12メートルのド迫力の筆跡!

足元によって見上げれば、巨大な文字が天から舞い降りてくるかのようにデーンと眼前に迫ってくる。大仏とはまた違った強烈な存在感。「南無阿弥陀仏」の六つの文字がもう目に焼きつかんばかり。江戸時代に黙和尚という人物が作ったものだそうだ。すごい!

(2006年8月)

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国東半島仁王巡り(大分県豊後高田市、国東市)

仏の里、国東半島。この地には古の時代より独自の仏教文化が栄え、最盛期には65もの寺院が立ち並んでいたという。現在では大多数の寺院は失われてしまったが、富貴寺、両子寺、真木大堂、熊野磨崖仏などの古寺をはじめ、街道に点在する数多くの石仏群が往時の隆盛をしのばせる。

さて国東半島の寺院を巡っているとよく見かけるのが、石造の仁王である。なんと大分県は全国の石造仁王の八割近くがあるとか。どこの仁王も素朴な造形でとってもチャーミング。風雨にうたれながら、けなげに今日もがんばっている。その愛らしい姿はまさに国東半島のアイドルだ。

熊野磨崖仏胎蔵寺の仁王様。

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富貴寺の仁王様。

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両子寺の仁王様。高さ2.3メートルの堂々たる姿。足をなでると足が健康になるということでみんなになでられている。こういう親しみやすさも仁王様の人気の秘密だろう。

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両子寺の境内にはもう一組の仁王様もいる。

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国東半島では仁王様がいるのはお寺だけじゃない、なんと国道沿いにも仁王様。こちらは豊後高田の国道に立つ「日本一の仁王」。近年立てられたもので、高さは4メートル。国道を挟んだ両脇で仏の里への訪問者を出迎えてくれる。なんともすごいロケーション。

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橋にだって仁王様。

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そして仁王トンネルまで!もうどこでも仁王、仁王、仁王~~!

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そしてラストを飾るのはこちらの真木大堂。こちらも国東の他のお寺同様、門前で仁王様が守っていますね。でも何かちょっと変だぞ・・・。

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どひゃ~、なんじゃこりゃあ~~!?

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実はこれ、仁王型の公衆電話!でも現在は残念ながら電話機は撤去されてしまっていた。今は携帯持ってる人多いし、公衆電話ってあんま使わないからなあ・・・。仁王ファンとしては一度電話してみたかった~。

(2006年8月)

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龍蔵寺(山口県山口市)

龍蔵寺は役行者によって開山され、中世には守護大名大内氏によって熱く信仰された。現在も中国三十三観音霊場のひとつでもあり、境内には鼓の滝が流れ、緑豊かな大自然に囲まれた古刹である。

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私が今回こちらを訪れたのは、境内に大不動明王がまつられているとのことで、そのお目当ての不動明王像は境内奥の鼓の滝の傍らに立っておられた。高さ10メートル、不動明王像ではかなりの大きさだろう。

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境内を見てみると、他にもいくつか面白いものが。
こちらにもありました「ぼけ封じ観音」。やはりこちらも南原寺と同じく「西日本ぼけ封じ観音霊場」に入っているらしい。二ヶ所続けてぼけ封じ観音と巡りあうとは何とも奇縁な・・・。とりあえず老後のためによーく拝んでおいた。
ちなみにカエル観音まであった。これって二人セットがデフォルト??

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お地蔵さんも他にはないオリジナルな方々が。
ぐち聞き地蔵、あくしゅ地蔵・・・。なんだかとってもフレンドリー。

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極めつけにすごいのがこちらのお地蔵さん。
う、う、う、浮いてる~~~!?超魔術地蔵!!

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他にもお砂踏み霊場やギャラリーもあり。
いろいろと見所が多く、充実のラインナップのお寺である。

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しかしなんといっても、この寺で一番すごいのは観音堂である。石段を上りつめたところに立っているお堂で、堂内には馬頭観音がまつられ、古い絵馬などがおさめられている。いかにも霊場らしい、とても雰囲気のあるお堂である。

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・・・が、堂内を見てビックリ!台座に注目!
な、な、な、なんと台座が電動カラクリ仕掛けになっている~~!?蓮華の部分が蝶番になっていて、開いたり閉じたりする仕組みになっているようだ。こ、こんなの見たことな~~い!!

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お寺の方に聞いてみたところ、たしかに台座は電動カラクリ仕掛けになっていて、蓮華の開け閉めができるそうだ。ただし動かすのは大きな行事があった時くらいで、普段は動かしていないとのこと。初めてこの台座が完成した時の記念法要では、蓮華のつぼみから花が咲き開いて、一堂が感嘆の声をあげたそうだ。うーん、想像するだけで素晴らし~~い。うっとり。

まさに御開帳ルネサンス!いつか見てみた~い!!

(2006年9月)

南原寺(山口県美祢市)

南原寺は聖徳太子ゆかりの寺で「難を払う寺」として信仰されてきた古寺で、難払寺と呼ばれていたものが、後に南原寺となったと言われている。現在も長門三十三観音霊場、西日本ぼけ封じ観音霊場のひとつとして信仰を集めている。

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こちらがぼけ封じ観音様。観音様の足元にはニッコリ顔のおじいちゃんおばあちゃんズがズラリとおられます。ちなみに「西日本ぼけ封じ観音霊場」っていうのは今回初めて知りましたが・・・、うーん時流ですねえ。

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こちらはカエルに乗ったカエル観音様。御利益はいろんなものが「カエル」らしい。幸せがカエル、無事にカエル、若ガエル、恋人がカエルなど・・・。こちらも時流にあった観音様ですな~。

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境内には伝説に彩られた歴史のある寺にふさわしく、「南原寺七不思議」というものがあり、それらを巡るコースが設けられている。役行者の投げた岩とか鍾馗大臣の足跡の残る岩とか、まああくまでも伝説なんですけどね・・・。でもその中でも境内を囲むスダジイの樹林は、高山で生育していることがひじょうに珍しいそうで天然記念物に指定されており、これは普通に不思議かも。

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さてとくにこの南原寺を有名にしているのが、こちらの「なる地蔵」である。
南原寺七不思議のラストを飾るのにふさわしい実に不思議なお地蔵様。

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一見ごく普通のお地蔵様なんですが、ちょっと失礼させてもらって頭をなでてみると・・・・、

「キュィィィィ~~ン!!」

鳴ります!なります!成増~~っ!
手の振動にあわせて、ものすごい反響っぷり!マジでスゴいです!!

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住職さんに話を伺うと、以前テレビで大学の調査団が来て科学調査をしてみてもその謎は解明されなかったそうだ。多分頭の内部に空洞があり、そこが共鳴して周波を発しているのではないかとのことだった。
江戸時代の作で、当初から鳴ることを意識して作ったものかどうかはわからないが、まさに奇跡のお地蔵様!なでればみんな幸せ間違い無し!!

(2006年9月)

阿南関昌観音(長野県阿南町)

国道151号を南下、阿南町へと入ったところこんな看板を発見。
なぬっ!「県下最大級」の観音像とな!?これはぜひ行かねば~~っ!!

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観音像へは道々にこのような案内標識が・・・。

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さて辿りつくと、関昌寺というお寺の裏山にデーンと白い大観音がそびえ立っていた。高さは足元の台座もあわせて12メートルほどだろうか。たしかに県下最大クラスの大きさ。長野最大の観音像は以前このブログでも紹介した世界平和観音なのであるが、こちらの観音像も青空をバックに立つ姿は実に堂々たる姿である。2004年の建立とのこと。

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観音像の上空は空路になっているようで、飛行機雲がすうーっとのびていった。
青空に白い飛行機雲がたなびく光景はまるで極楽世界のよう。我ながらなかなかのベストショットでしょ。

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足元には三十三観音像や同型の観音像が奉納されて置かれている。かなりのぎっしり感。とくに同型の観音像はこれからもっと増殖しそう勢いだ。

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大観音へと至る参道にも同型の観音像や石燈篭が奉納されて置かれているが、こちらは観音像もちらほらだし、石燈篭も参道の途中までしか置かれていない。まだまだ建設途中といった感じの雰囲気。

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しかし観音像や石燈篭を置くスペースは充分にあるし(参道の石とかいかにも今後仏像を置いていくことを想定した形状だしね)、けっこうなハイペースで奉納されているようなので、あと数年寝かせると、境内に仏像ぎっしりの、なかなか楽しみなことになっていそうで、今後も要チェックの大観音である。

(2006年8月)

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羽広観音(長野県伊那市)

羽広観音仲仙寺は「馬の観音様」として知られる古刹。近隣の農家の人々をはじめ、遠く木曽からも馬を連れてお参りに来たそうである。

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観音堂には蹄鉄などの奉納品がぎっしりと置かれ、厚い信仰を物語っている。交通手段が馬から車に変わった現在でも、交通安全の観音様として信仰を集めている。

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おみくじは「観音様からのメッセージ」。

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さて奉納品の中でも一際目をひくのが堂内に掲げられた巨大な絵馬である。千匹の馬が描かれた大スケールの「千匹絵馬」。それがズラリと何枚も掲げられている光景は圧巻だ。

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千匹絵馬の奉納の由来は、江戸時代に馬の行商人をしていた勘兵衛という人が羽広観音の御利益によって商いが成功したことに感謝し、千匹絵馬を奉納したことに始まるといい(その勘兵衛の絵馬は境内にある伊那市考古資料館に所蔵)、それ以来千匹絵馬が奉納されるようになったとのこと。堂内に掲げられた数々の千匹絵馬には奉納者の一人一人の名前とともに、馬も一匹一匹、奉納者リストに細かく書き込まれ、我が家の一員である愛馬の無事を願った人々の想いが伝わってくる。

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最近では馬を飼っている農家もすっかり減少してしまったが、その千匹絵馬の伝統は現在では地元の小学生に受け継がれ、奉納されているようだ。小学生の作品といえど、かなりの力作!こうして伝統が受け継がれていくことはとてもいいですねえ~。

ドドドッと地響きが聞こえてきそうな躍動感あふれる馬の群れ。コミカルなタッチの馬からやたら劇画タッチの馬までいろんな馬のバリエーションがあり、作者の個性が出ていて見ていて面白い。一画面に春夏秋冬の景色を表現したのもグッド!

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こちらは小学校低学年の描いた千匹絵馬。見てるとなんだかほのぼのしてしまう愛らしい作品。桜の下でじゃれ合う馬たちがとーってもカワイイ!

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よく見ると、こんな馬たちもいたりして・・・。
もう~最近の小学生ったら、おませさんっ!!

(2006年8月)

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昭和寺(長野県諏訪市)

夏にはニッコウキスゲが咲き誇るパラダイス、霧ヶ峰高原。某エアコンでもすっかりおなじみの場所であるが、その一画の林の中に何とも不思議な建物が立っている。その名は昭和寺。万博世代の皆さんはあまりの懐かしさに思わず号泣するかも・・・?

ジャ―――――ン!

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木立を抜けるとそこに突如出現するアジアンチックな建物。なんと大阪万博のラオス館として使われていた建物だそうだ。由来の書かれた石碑によればこの昭和寺は戦没者供養のために建立され、万博終了後ラオス館を移築して本堂としたそうである。堂内に安置されている仏像も万博会場にあったものとのこと。
大阪万博から既に30年以上の歳月が経過し、さすがに老朽化は進んでいるもののほぼ完全な状態で残されている。塔にはボダナード(目玉寺)を思わせる目玉が描かれ、静かにこちらを見つめている。まさに昭和史の一頁を今に伝えるメモリアル。華やかな祭典での活躍を終え、木立の中に静かに佇む。

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霧ヶ峰高原の案内板。
やっぱりスポンサーになってるのね・・・。

(2006年8月)

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温泉寺(長野県山ノ内町)

武田信玄の隠し湯として知られる渋温泉。その温泉街の一画に信玄ゆかりの温泉寺がある。ちなみに何で温泉を隠さなきゃいけないのかというと、優れた効能を持つ温泉によって負傷した兵士や馬を治療したからであり、戦国最強とうたわれた武田騎馬軍団の強さを支える超極秘事項だったのである。

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さて温泉寺はその名の通り、境内に数ヶ所の源泉を持っているが、それを利用してなんと境内に「薬湯信玄竈風呂」が作られている。これは温泉寺の開山と伝えられる京都東福寺の虎関禅師にちなんで、東福寺の浴室をモデルに近年再現したもの。文字通りの温泉寺なのだ。

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というわけで早速入浴。竈風呂とは蒸し風呂のことで、江戸時代まではお風呂といえばこういう蒸し風呂が主流だったらしい。有名な光明皇后の千人風呂もそうだし、私の愛読漫画の「花の慶次」にも前田慶次が蒸し風呂で京のかぶき者をこらしめる話があったっけ。
こちらの竈風呂は中に入ると白壁のドーム状の空間になっていて、温泉の蒸気によってほんわかした熱気がただよっている。まさにジャパニーズサウナ。気持ちいい~~~!!

(2006年8月)

世界平和観音(長野県山ノ内町)

信州の名湯湯田中温泉。その温泉街を見守るように立っているのが世界平和観音である。昭和39年開眼、高さ25メートル。金属製の観音像では東洋一とのことである。戦前にもこの地に33メートルの観音像が立っていたそうであるが、金属供出にあい、現在の観音像は二代目にあたる。
以前は台座の下が三十三観音巡りの地下霊場になっていたそうで楽しみにしていたのだが、先年老朽化のために仏像を本堂に移し、現在は立ち入りできなくなってしまっていた。残念~。でも初代の原型となった観音像や初代観音像の写真など貴重なものを見ることができたので満足。でもいつか地下霊場復活させてほしい~~。

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さてこの世界平和観音を含めて、近辺の三体の御利益のある仏たちを巡るコースが「三体しあわせめぐり」だ。英訳すると「グッド フォーチュン ルート」とのこと。早速巡ってみることにする。

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世界平和観音の裏手の山に続く階段をひたすら上り、観音様の後姿を眼下に見る高台までやってくると、八角堂があり、そこに鎮座しているのが弥勒石仏である。説明板にも「豊満な」「ふっくらとした」とある通り、ちょっとぽっちゃり系。鼻も「三味線ばちのような」なんて表現されているが、た、たしかに・・・。と、まあなんだかえらく親近感のあるルックスなのであるが、実は信州最古の石仏だったりするすごい御方なのだ。しかも半分体に埋まっているのは地震を抑えているからとのことで地震除けの御利益もある。

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再び麓まで下りていくと、小さなお堂があり、そこに延命煙草地蔵が祀られている。その名の通り、タバコを供えてお参りする。禁煙、あるいは愛煙家の健康に御利益があるとのこと。

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なんだか一昔前の会議室の灰皿みたいになってました・・・。

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そして最後にもう一度平和観音様にご挨拶。
これで幸せ間違いなーし!

(2006年8月)

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皆神山ピラミッド(長野県長野市)

城下町の風情あふれる歴史の町、信州松代。その町外れに皆神山という山がある。まあ一見何の変哲もない山であるが、登り口にある看板に注目してもらいたい。

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「皆神神社 ピラミッド参道入口」・・・。
なんとこの皆神山、古代人の作った人工ピラミッドとのことだ。たしかに三角形の山だけど・・・、ピラミッドって~~~~!?

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とりあえず参道を上ってみる。くねくねとした細い山道をひたすら上っていくと、やがて皆神神社へと辿りつく。こちらもごく普通の神社のようだが、説明板を読んでみると、やはり皆神山は世界最大最古のピラミッドとあり、古代人が反重力パワーで岩を浮かして作ったとか、須佐之男命は科学者集団のユニット名だとか独自の説がズラズラと・・・。うーむ。

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まあ本当にここがピラミッドなのかどうかはわからないが、この地は昭和40年から数年間にわたって発生した松代群発地震の震源地であり(おそらくその頃からパワースポットとして注目されはじめたのだと思うが)、地震学地質学的にも重要なポイントであることは事実である。

(2006年8月)

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芦ノ尻道祖神(長野県長野市)

国道19号を走行、長野市の大岡地区にさしかかるとこんな案内板がある。

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さらに拡大。げげーっ!なんじゃこりゃ~~~!!
見たものは決して素通りを許さないこのインパクトあるルックス。これが「芦ノ尻道祖神」である。

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早速案内にしたがって山道をくねくね上ってゆくと、やがて大岡の集落へと出る。そこを越えてさらに進んで行くと、町外れの道端に石碑群が並んでいるのが見える。そしてその中に・・・、

出た―――――――ッ!!

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実物はさらに強烈なルックス!ことさらに強調した目、鼻、口、眉毛、ひげ・・・、全てが超ド迫力!

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毎年正月の七日に各家の注連縄を持ち寄って作るとのことで、作られてから既に半年以上経過しているわけだが、今もなおその威厳のある風貌を保ち、それどころか風雨にさらされ、一段とワイルドさを増している。道祖神は村に災いが入りこまぬように祀られるものであるが、この姿を見たらどんな魔物もぶっ飛ぶことだろう。

(2006年8月)

白馬大仏(新潟県糸魚川市)

前回紹介した井川大仏と一、二を争う山奥にある大仏が白馬大仏だ。こちらは北アルプスの白馬岳の麓、白馬温泉に鎮座している。国道沿いの案内にしたがって山中をぐんぐん進んでいくと、やがてこの地の一軒宿である白馬観光ホテルの庭にデーンと白い巨体を現す。管理はホテルで行っているので、そちらで拝観を申し込む。

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こちらが白馬大仏。この地に白馬温泉を開いた白馬観光ホテルの先代社長が、昭和44年にホテルのシンボルとして作ったもので、高さ23.5メートルの堂々たる姿。

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白い体にちょっとタラコ唇のオレンジ色がワンポイントでいい感じ。しかもそのオレンジ色の正体はなんとメノウ!ここ糸魚川は全国有数の宝石の産地として知られ、白毫と眼球はヒスイ、唇はメノウで作られていたのだ。オスカーワイルドもビックリの宝石大仏なのだ~~!

(2001年4月)

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井川大仏(静岡県静岡市)

渓谷を走るSLで知られる大井川鉄道。その一番先っぽの終点、アプト式鉄道でしか行けない秘境駅、井川駅の近くに大仏様が鎮座しているのをご存知だろうか。

その名も井川大仏。昭和55年に地元の診療所で医師をされていた方が作ったものとのことだ。高さ10メートルほど。白い体が印象的な大仏様だ。

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それにしてもこれだけの大きさの大仏なのに意外にもあまり知られていないのが不思議だが、なんといっても周囲は南アルプスの山々がそびえる秘境中の秘境。何しろ人家もまばらなんだから、とてもこんな山奥に大仏があるなんて思えないよねえ。おそらく大仏の中でも山奥にあることでは一、二を争うであろう。それにしてもここに辿りつくまでの道でイノシシに何度も遭遇するし、ビックリした~。

鉄道マニアの皆さんもぜひお参りしてみてね。

(2000年4月)

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五色園(愛知県日進市)

日進市にある宗教公園「五色園」。名称からすると、まあ大きな霊園墓地でもあるのかなと思ってしまうが、そこには想像を絶する世界が待っていた。

入口にあった園内の地図。
とりあえず園内の様子はどんな感じか見てみると・・・、

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げげー!何じゃこりゃ~~っ!!

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園内にズラズラと並ぶ人形の数々・・・。そう、ここは親鸞聖人の一生を人形で再現した園内丸ごと親鸞聖人テーマパークなのである。
しかし園内は広くて全部見るのは結構大変だな~と思いきや、地図にもあちこちに駐車場マークがある通り、園内はなんと車で周ることができるのである。素晴らしい~!

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早速園内を車で周ってみると、木立の向こうに人影が・・・。

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おお!お坊さん集団発見!コンクリート製で大きさは等身大以上。かなりの迫力。しかも表情といい、ポーズといい、服装といい、実に素晴らしい作り込みだ。ちなみにこちらは法然上人が親鸞聖人をはじめとする弟子たちに説法をしている「信行両座」の場面。

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そして園内各所にある駐車場に車を停めて、木立の中を散策すると、次々に現れる親鸞聖人の名場面。旅をする親鸞聖人、田植えをする親鸞聖人と、親鸞聖人の一生を再現したジオラマが展開してゆく。野外に置かれた人形は作りものの背景とは違って、妙にリアルな臨場感がある。
これらは全て地元のコンクリート造形師浅野祥雲さんの作。東海エリアには祥雲さんの作品によるジオラマテーマパーク的なスポットが他にもいくつか点在している。(桃太郎神社、関ヶ原ウォーランドなど)

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こちらは親鸞聖人のエピソードでも有名な「弁円悔悟」の場面。親鸞聖人を殺そうとした山伏の弁円が改心して親鸞聖人の弟子となる場面。ちょっと水戸黄門、入ってますな。

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というわけでぐるっと一周すると、親鸞聖人の一生を見ることができる。伝記などで読むより、全然わかりやすいし、なんといっても楽しい~~!

全国のお寺のみなさん!ぜひ他のお坊さんのテーマパークも作ってくださーい!

(2000年9月)

桑原寺(岐阜県中津川市)

中津川インター付近を走行中、突然目に飛び込んできた看板。
何~~ィ!?「開運洞十界めぐり」に「日本一磨崖仏」だって~~!?私のツボを刺激するダブルキャッチコピー!中津川にそんなのがあるなんて聞いたことなかったぞー!これはもう行くしかなーい!

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で、早速向かったわけだが、まだこの時はその二つの言葉にすっかり気をとられ、お寺の山号の意味するものに全然気づいていなかったのだ。 このあとあの驚愕の光景を見ることになろうとは・・・。

さて桑原寺に到着すると、銀色屋根の大きな八角形ドームの建物がデーンと立っていた。不時着したUFOのようでなんだかスペーシー。境内にはあちらこちらに石仏や石像が立っており、奥の崖にキャッチコピーのひとつ「日本一の磨崖仏」が彫られている。高さ8メートルとのことでなかなかの大きさだ。

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そしてお次は「開運洞十界めぐり」なのだが、どうやら二階建ての八角形ドームの一階部分がそれらしい。まずは先に本尊にお参りしてからと思い、階段を登って二階の本堂にお参りする。外から中を窺うと、本堂の壁面にはよく見ると小さな聖徳太子の像がズラリと並んでおり、ああ、この八角形の建物は夢殿を模したものなんだ~、そしてこれが山号の「八千太子聖徳山」の意味するものか~、と理解する。
いや・・・、まだまだこの先にすごいものが待ち受けていたのだが・・・。

受付で「開運洞十界めぐり」の拝観をお願いすると、閉ざされていた電動シャッターが開き、開運洞への入口が次第に姿を現した。それとともに見える内部は入口に立つ仁王をはじめ、観音菩薩に七福神とあらゆる種類の仏像がズラリと並んでいるのが見える。そして場内に響き渡るお経と演歌が入り混じったかのようなミュージック・・・。

その瞬間、全身を駆け巡る激しいデジャヴー!あれ~!?この感じ、前にもどっかで見たことあるぞ~~~!!

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これって・・・、

これって・・・、

蒲郡の「大秘殿」じゃーん!!!!!!!

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なんとこの桑原寺、このテのスポットがお好きな方々にはもう超、超、超有名な蒲郡の延命山大秘殿、足助の岩戸山風天洞の兄弟寺だったのだ~~~!
いつのまにか第三のこんな寺を作っていたなんて~~~っ!すごい、すごすぎるぞ大秘殿チェ~~~ン!!

だから当然この方達もいたりする・・・。左はチベットラマ教観音、右はお料理の神様磐鹿六雁命、どちらもこの大秘殿チェーンの寺々には欠かせない、いわばイメージキャラクターともいえる方々である。

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そしてここ桑原寺の特徴は大ホール空間であるところだろう。他の二つの寺では洞窟もしくは洞窟風の通路の狭い空間を巡っていくものであったが、内装は岩場風になっているものの内部は仕切られておらず、ホール全体を見渡すことができ、そこで乱舞する無数の仏たちを一堂に見ることができるのだ。

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そしてサイケデリックな壁画と赤や白のスポットライトに照らされた大ホールで、腰をくねらせたセクシーな仏像たち。まさにディスコブッダ!フィーバ―――――――――ッ!!

まあバックミュージックはお経なんだけどね・・・。(しかも演歌調)

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というわけで開運洞を巡り終え、二階の本堂に。本堂といえば先ほど外から見た場所だが、今見てきた開運洞に比べれば、聖徳太子の像が壁にいくつかあったくらいでとくに普通の空間だった。しかし二階に上がると本堂の奥にもうひとつ真っ暗な部屋があり、ちょっと入ってみるとパッとスポットライトが光って明るくなった。そしてそこに映し出されたものは・・・。

ジャン!

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ジャジャ――――ン!

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ジャジャジャ―――――――――ン!!

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しょ、聖徳太子――――!
しかもこんなに!しかもゴールド~~~~~~!!

八千太子が意味するものってこれだったのね・・・。
もう完全に撃沈されました・・・、すごすぎ。

住職様!第四第五の大秘殿も期待していますよ~~~~っ!

(2006年7月)

八王子神社・世界一の狛犬(岐阜県瑞浪市)

美濃焼の産地の一つでもある瑞浪、その街角にデーンと鎮座している巨大狛犬。もちろんご当地名産の美濃焼製。高さ3.3メートル、二体の総重量15トンの「世界一の狛犬」である。まあ狛犬は日本独自のものだから当然「世界一」になるわけだが・・・。

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それにしてもこんな大きなものをどうやって焼いて、どうやって運んだんだ?と思ったら、隣に掲示してあった製作過程を見てみたところ、なんとここに大きな窯を築いて焼き上げたらしい。つまり最初に狛犬を作り、そして次にそれを覆うようにして窯を作り、焼き上げたというわけ。現在、狛犬の周囲を囲むようにしてある台座はその窯の名残なのねー、なるほど。

狛犬前の広場にはこれまた陶製の足跡が点々と・・・。
カ~ワイイッ!

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この世界一の狛犬がある八王子神社には他にもたくさんの美濃焼の狛犬が奉納されている。中には古の美濃焼名人達が奉納して文化財にも指定されている狛犬もあるそうで、写真が飾られていた。世界一の狛犬はその名人作の狛犬をモデルにしたそうだが、上で御覧になった通りのキョーレツなルックス。あんま似てないのかなーと思ったら、名人作の狛犬もそのまんまのキョーレツなルックスでした・・・。美濃焼の狛犬は全体的に個性的なのが多いようで面白い。

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地元の小学生が奉納した狛犬たちもいる。さすが美濃焼の町の子供たち、こちらも個性バリバリ!すばらし~い!この中に未来の人間国宝もいるかもよ!?

(2006年7月)

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下野庚申堂(岐阜県中津川市)

国道256号線沿いに巨大な「見ざる聞かざる言わざる」を発見!
い、いったい何だ~~!?

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ビックリして側に行ってみると、どうやらこの近くにある「下野庚申堂」ゆかりの三猿らしい。2メートルほどのコンクリート像。たしかに三猿は庚申の使いであるが・・・、デ、デカッ!

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三猿像の右の道を進んでいくと、下野庚申堂がある。鎌倉時代に文覚上人が行基作の青面金剛像を安置して創建したといわれる。日本三大庚申の一つとのことだ。

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境内にも味のある三猿と鶏(どちらも庚申の使いとされる)がいたりするのでこちらも要チェック。

(2006年7月)

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五十嵐神社(新潟県三条市)

古代、越後の地に垂仁天皇の第八皇子である五十日帯日子命(イカタラシヒコノミコト)がやってきて、越後の国を開拓したと伝えられている。そしてその五十日帯日子命をまつったのが五十嵐神社、全国の五十嵐さんのルーツである。五十嵐は「いがらし」と読むことが多いが、ここ越後では濁点をつけずに「いからし」と読むようだ。

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鎌倉時代にはこの地に五十嵐小文治が出て、源頼朝に仕えて活躍した。神社には小文治の投げた岩がめりこんだと伝えられる杉の幹が残されている。中世には五十嵐館が築かれ、この地を治めていたそうだ。

まさに五十嵐さんの聖地。全国の五十嵐さんは一度訪ねてみるといいかも。

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ところで今まで何人かの五十嵐さんと出会ってきたけど、みんなあだ名が「イガリン」なのは何で~~!?

(2006年6月)

来伝天神(新潟県長岡市)

来伝天神は学問の神、菅原道真公をまつる神社。全国から受験生が参拝に訪れている。またこの地出身の学者、文化人も数多い。

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ここ独自の祈願方法はこちらの「ごを書く石」。合格天神の周りにひらがなの「ご」を書いた石を置いて、合格祈願するのである。

「ごを書く」→「ごをかく」→「ごうかく」→「合格」!
バンザ――イ!!

(2006年6月)

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永林寺(新潟県魚沼市)

石川雲蝶特集、ラストを飾るのは魚沼の永林寺。
お寺まではビミョーな笑顔の小坊主くんがご案内。

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こちらも雲蝶作の極彩色の欄間彫刻で知られるお寺。天を舞う天女の彫刻がとくに有名で、透かし彫りになっていて後姿もきちんと彫られている。チラリと見える背中の白い肌がとってもセクシ~~。
その他にも怪物に変身してしまった女の怪異譚「小夜之中山蛇身鳥」の場面が彫られている。こちらもまるでジオラマを思わせる劇的な場面構成と細かい背景描写が見事。とくに背景にある神社に注目。社殿に貼られている千社札まできちんと表現されているのだが、書かれている文字を読んでつなげるとなんと雲蝶の署名になっているのだ。奇想天外の彫刻師、雲蝶の遊び心を感じさせる逸品。見ているこちらも思わずニヤリとしてしまう。
邪鬼をデザインした香炉台も雲蝶作。同じく雲蝶作の石彫の寝牛と蛙もあり、こちらは手で触れることができる。雲蝶作品をなでなでできるなんて感激~!横にある住職の解説によると、なでると「モーかって、カエル」んだとか・・・。

雲蝶の記念碑(題字は雲蝶の自筆を拡大したもの)と雲蝶の手形の碑もあり。こちらも要チェック。
みなさんもぜひ雲蝶ワールドへどうぞ!

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ところで・・・、境内をよく見てみると、なんと顔出しを発見。
今の時期は使用していないようで裏返ってしまっていたが、形から察するにどうやら七福神の顔出しのようだ。お正月にでも使うのかな?えーと、大黒、恵比寿、毘沙門天・・・、ひとつひとつ見ていくと・・・、

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げ――っ!顔出しじゃねえ―――っ!
い、いったい何に使うんじゃ~~~~~!!

(2006年5月)

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西福寺(新潟県魚沼市)

ここでちょっと石川雲蝶のプロフィールを。
雲蝶は文化11年(1814年)、江戸雑司が谷で生まれ、江戸で彫物師として活躍していたが、30代の時に転機が訪れる。それは越後三条の本成寺の彫刻依頼で、雲蝶は以後、制作活動の場を越後に移すこととなる。そして三条の本成寺、石動神社、魚沼の西福寺、永林寺、長岡の秋葉神社、湯沢の瑞祥庵など越後各地に次々と傑作を残し、明治16年(1883年)に没した。

西福寺は雲蝶作品でも最高傑作といわれる天井彫刻で知られるお寺、十年ほど前に私が始めて雲蝶の作品と出会った場所である。
ひさびさに訪れた開山堂は、大きな雪よけの屋根が上につけられていてビックリ。

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さてこの萱葺きのシブい外観のお堂を見て、中に極彩色の世界が広がっているとは誰も想像できないだろう。しかしお堂に一歩入ればビックリ!壁も天井も隙間なくびっしりと埋め尽くされた彫刻の世界!とくにすごいのがやはり天井彫刻、レリーフ状の薄いものではなく、丸彫りに近い立体的な彫刻。道元禅師が虎に襲われそうになった時、龍を出現させて追い払ったという伝説を表したものであるが、その場面構成が実に強烈!滝が流れる断崖に道元禅師が坐禅を組み、周囲を包み込む五色の雲の中より巨大な龍が出現し、虎と対峙しているというものすごい構図である。しかも極彩色!!じっと見ていると、天井がゴゴゴゴゴと鳴動し、今にも押しつぶされそう。す、凄すぎる~~~っ!
また堂内に安置された仁王像もすごい。口には三鈷杵(武器の一種)を銜え、足元に鬼を踏みしめ、さらに腕にも鬼を抱きかかえ、拳を今にもふりおとさんばかりの激しいポーズ!
ひさびさに対面したが、初めて出会った時の感動が鮮明によみがえってきた。素晴らしい彫刻群である。

開山堂の堂外の彫刻も雲蝶の作。烏天狗や獅子、象の彫刻が見事。

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また山門前の石地蔵と石碑も雲蝶の作だという。なんと石像の地蔵、牛、獅子の目にまでガラス製の目がはめこまれていたそうで、現在は地蔵の左目だけに残っている。まさに奇想天外、石川雲蝶。

(2006年5月)

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瑞祥庵(新潟県湯沢町)

江戸時代の名工といえばやはり左甚五郎、であるが、ここ越後の地にも超絶彫り物師がいたことをご存知だろうか。その名を石川雲蝶という。今回はその石川雲蝶の作品が残る寺院をいくつか紹介したい。

まず最初は湯沢町の瑞祥庵。群馬との県境にほど近い山里にひっそりとある禅宗寺院である。山門はいかにも禅宗寺院らしいシブーい外観であるが、中をひょいと覗いてみると・・・。

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どひゃあぁぁ~!ポップカラー仁王~!
今までの仁王の常識を超えた驚異のカラーリング!!

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そして普通、仁王というと真っ赤な体の鬼神の姿であるが、この仁王はなんとも人間くさく、そのリアルに存在しそうな姿は、全身からほとばしる熱気や体温さえも感じさせる。彩色については後世の修復も加わっているとのことであるが、雲蝶の作った当初もこのような鮮やかなカラーリングだったに違いない。この色彩感覚は常人では思いつかないだろう。
眉をひそめた表情、力んだ首の皺、指をくっと反らした腕の筋、一本一本描きこまれた体毛、全てが超リアリズム!これが雲蝶ワールドだ~~!!

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足元には邪鬼が踏みつけられている。こちらはリアルな仁王とはうって変わって、ちょっとコミカルな感じ。雲蝶の作風のバリエーションの豊かさを感じさせる。

(2006年5月)

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関興寺(新潟県南魚沼市)

禅宗の古刹、関興寺。臨済宗の禅道場である。
国道17号沿いの寺の案内看板に「味噌なめたか」とあったので何だろうと思って向かってみると、寺まで点々と「味噌なめたか」のメッセージが。しまいには寺の名前無しで「味噌なめたか」だけになっている。何だこりゃ?

寺に到着すると、山門にまででっかく「味噌なめたか」。横に小さく「関興寺の」・・・。寺名よりでっかいこの謎のメッセージはいったい何なんだ~~~!?

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由来によれば、戦国時代、上杉謙信没後の争乱によってこの地が焼け野原となった時に、大事な経典だけは味噌の中に隠して焼失を逃れたということで、以来関興寺の味噌はなめると御利益があるとして評判になり、「関興寺の味噌なめたか」と人々の間で言われるようになったそうである。今回は入手できなかったが、現在も味噌作りは行われており、参拝者に頒布しているそうである。

これぞ海原雄山もビックリの究極の味噌!一度なめてみたい~!

(2006年5月)

雲洞庵(新潟県南魚沼市)

南魚沼のもう一つの禅宗の古刹、雲洞庵。曹洞宗の禅道場である。関興寺の「味噌なめたか」に対して、こちらでは「土踏んだか」の看板がデーンと掲げられている。
うーむ、またまた謎のメッセージ・・・。ここは「RPGの町」かーっ!

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まあ考えてみても答えは全然出ないので説明を読んでみると、山門より続く参道の石畳にはお経を書いた石が埋まっていて、その上を踏むと御利益があるとのことで、人々の間で「雲洞庵の土踏んだか」とこれまた評判になったそうである。

与作「おらなんかこの前、関興寺の味噌なめてきたもんねー。お前もうなめたか~?」
吾作「おらなんかこの前、雲洞庵の土踏んできたもんねー。お前もう踏んだか~?」
与「うわ~、はよ踏んでこなきゃ」吾「うわ~、はよなめてこなきゃ~」

まあ、こんな会話もしてたかも・・・。

こちらがその雲洞庵の参道。一歩一歩ありがたく踏みしめて、お参りさせていただきました。おばちゃん達が石畳を一枚一枚丁寧にお掃除されていました。ご苦労様です。

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さてと「味噌なめたか」「土踏んだか」のメッセージの謎も無事にとけたし、そろそろ帰るとするか、と駐車場にむかうと、駐車場脇の売店にこんな看板が・・・。

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何で「日本で十番目」・・・。謎だ~~~~~~~っ!?

(2006年5月)

浦佐毘沙門堂(新潟県南魚沼市)

浦佐毘沙門堂は奇祭「裸押合大祭」で知られるお寺。その名の通り、裸の男達がくんづほぐれつでぶつかり合う、「THE 男祭り!」である。

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その時に使われるのが重さ40キロの巨大ローソク。男達は炎の燃えさかるその大ローソクを抱えてお堂まで参上し、その灯りの下で男達の激しいバトルが繰り広げられるのである。熱い!熱すぎる~~~!

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こんな素敵な顔ハメもあり・・・。お、漢だぜ~~~っ!!

(2006年5月)

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九戸城跡・岩谷観音堂(岩手県二戸市)

みちのくの古城、九戸城。現在は建物は失われ、草に覆われた城跡のみがひっそりと残る。実はこの地で戦国時代最後の合戦が行われたことをご存知だろうか。
歴史の教科書では豊臣秀吉の天下統一は小田原攻めで全て終了したかのように記述されている。「関東の北条氏を滅ぼし、東北の伊達政宗は参陣して帰属し、これにて天下統一が成し遂げられた」といった具合にだ。しかし実はそれで終わったわけではなかったのである。

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九戸城は15世紀に、この地の有力氏族の一つ、九戸氏によって築城され、代々この地を治めてきた。そして最後の城主九戸政実は領民の信頼も厚く、武門にも秀でた人物であった。しかし時代は、政実に恐るべき悲劇をもたらすのである。
時は豊臣秀吉による天下統一へと動いていた。この地のもう一つの有力氏族、南部氏の当主南部信直は、時流を見極め小田原の秀吉の下へと参陣し、この地を治める「本領安堵」の約束をとりつけてしまうのである。つまり、いつのまにかこの地は南部氏の領地と公認され、政実は敵対勢力とされてしまったのである。そんなことは無論納得いくはずはなく、政実は五千人の兵をもって挙兵。しかし対する南部側には強大な秀吉軍六万の後押しがあり、全く勝ち目のない戦いであった。最後は勝てぬと悟った政実は、秀吉軍の浅野長政の「降伏すれば女子供や家来の命を助ける」という条件をのみ降伏したものの、約束は裏切られ、一族家臣全員皆殺しにされたという・・・。

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そしてこの地は南部氏のものとなった。九戸城は「福岡城」と改名され、南部氏の居城となった。しかし信直の次の利直の時代にはもうこの地から盛岡へと居城を移しているのである。あくまでも領民の心は九戸氏を慕い続け、南部氏はそれを痛いほどに感じ、とてもここに居続けることはできなかったのだろう。現在の城跡も正確には南部氏が九戸城の跡に築城した福岡城の跡なのであるが、誰も福岡城と呼ぶものはいないそうだ。

展示室ではパネルやビデオで九戸城の歴史と政実について解説しているのでぜひご覧になっていただきたい。九戸城への思い入れがひしひしと伝わるかなり熱い内容ですよ。

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九戸城の北西にある岩谷観音堂は、断崖の洞窟にめりこんでいる珍しいスタイルのお堂。対岸から赤い橋が掛けられている。奥州糠部三十三観音の一つでもある。

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そして境内の片隅に「千補陀堂」の石碑が立っている。千補陀堂は現在は洪水で流されてしまったそうだが、九戸城の戦没者を密かにまつったお堂だったそうだ。南部氏の支配の下でもこうして目をかいくぐり、人々は政実への思慕の念をつのらせていたのである。

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政実にもっと時流を見抜く力があったらこの悲劇は起こらなかったかもしれない。不器用・・・、不器用すぎる生き方である。
しかし最後まで一人の武士、いや一人の人間として、男の意地を通した政実の生き様には何か心魅かれるものがある。

(2006年6月)

らかん公園(岩手県盛岡市)

すべり台にシーソー、一見どこにでもある児童公園である。
名前は「らかん公園」。らかんといえば、十六羅漢、五百羅漢などのあの「らかん」が思い浮かぶが・・・、

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本当にいたりして・・・。

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公園にズラリと並んだ十六羅漢と五智如来。実はこの地には昔、宗龍寺という寺があり、明治時代に廃寺となってしまったのだが、石仏群だけは残されて、こうして寺の跡地にできたこの公園にデーンと鎮座しているのである。

羅漢たちの間に遊具がある光景はなんともミョーではあるが、まあ当の子供たちはあまり気にもしていないようで楽しく遊びに興じているようだ。なんだか羅漢たちも孫をあたたかく見守るおじいちゃんみたいだしね。

(2006年6月)

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三ツ石神社・鬼の手形(岩手県盛岡市)

三ツ石神社には、その名の通り「三ツ石」と呼ばれる三つの巨石がまつられている。
そしてこの石に押されているのが「鬼の手形」。昔この地で暴れまわっていた鬼を神様が石に縛りつけ、二度と悪いことをしない証しとして、石に手形を押させたそうな~。そしてそれからこの地を「岩手」と呼ぶそうになったそうじゃ~、めでたし、めでたし。(完)

・・・って、もう終わってどうするーっ!?

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さて、こちらが三ツ石。鬼の手形は近年ではだいぶ薄くなってしまったようで、三つ並んだうちの中央の石の側面の苔の生えた部分の一部苔が生えてない空白部分がどうやらそれらしい(下の画像の右側に見える石の真ん中あたり)。うーむ・・・。

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というわけで、こちらのイメージ図をどうぞ。

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鬼の手形の案内板。英訳すると「デーモンズ ハンド プリンツ イン ザ ロックス」!なんだか洋楽のタイトルみたいでかっちょいいぞ!ロックだぜ!

(2006年6月)

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盛岡大仏(岩手県盛岡市)

盛岡市街の北東、松園寺というお寺に盛岡大仏が鎮座している。国道455号を岩泉方面へと向かって走っていると、やがて盛岡大仏の看板が見えてきた。

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看板の向かいには、誰かが読んだのであろう句碑がいくつか並んでいる。
この時点ではまだそれほど気に留める人も少ないと思うが、句碑を読みながら参道を進んでいるうちに、異常事態に気づくはずだ・・・。

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ジャ―――――ン!

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ジャジャ――――――ン!

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進んでも進んでも、句碑、句碑、句碑~!ど、ど、ど、どこまで続いてんの~~~~っ!?最初のうちはふむふむと一句一句読んではいたものの、もう100枚以上は読み続けている・・・。もう無理だ~~~!

でもそれは俳句のネタを考えてる側も同じことのようで、だんだんと俳句の内容もストレートなものに・・・。

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「猛牛」って・・・。もう句でも何でもな~~い!

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腹筋割れすぎな仁王のいる山門をくぐって、いよいよ大仏様と御対面だ。これで句碑達ともお別れかと思いきや・・・・、

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ジャジャジャジャ―――――――――ン!!(絶句)

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大仏の周囲をぐるっと句碑の森が取り囲んで、もうさながら句碑マンダラ。いや今まで見てきた句碑群も全部含めて、一山全体が大句碑マンダラと化しているのだ~!
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節は、まさに大仏様の姿にリンクしているかのようだ。

大仏は15メートルほどの大きさ。地元の建設会社社長が個人で作ったものとのこと。おそらくズラリと並んだ句碑の大部分も氏の作によるものだろう。周囲の句碑をあらためて見てみれば、石川啄木、宮沢賢治、原敬など郷土の偉人の句碑も見える。でもやはりひと際目につくのは大仏を詠んだソウルフルなメッセージの数々。

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さて大仏様にお参りもすんだし、そろそろ帰るとしよう。大仏の裏手から最初来た道とは別ルートの参道が続いていたので、帰りはそちらから帰ることに。

もちろんそちらでも句碑の群れがズラリと待ち構えていたのは言うまでもない・・・。

(2006年6月)

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愛子大仏(宮城県仙台市)

仙台の西部に愛子と書いて「あやし」と読む場所がある。地元の人以外では、かなりの難読だろう。
その高台にデーンとそびえているのが愛子大仏、高さ15メートルの堂々たるお姿。地名の漢字と同じ名前である愛子様の御誕生を祝して建立されたとのことである。

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大仏のある場所は、それほど高くもないが低くもない、ビミョーな高さの高台で、それでもいざ登るとなればけっこう大変であるが、よく見ればなんと参拝者用のスロープカーが設置してある。これはうれしーっ!!

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名前は「ナムナム号」。実にナイスなネーミング!

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えーと、行き先は山頂の「佛國寺」で。途中にはお墓参りの方のための「霊園」駅もあり。佛國寺のボタンを押して、いざナムナム号発車オ~ライ!

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スロープカーがゴトゴトと斜面を登っていくと、車窓には大仏様がぐんぐんと大きく迫ってくる。
まさに新世紀の大仏参拝!すんばらし~い!

(2006年6月)

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真山神社・なまはげ館・男鹿真山伝承館(秋田県男鹿市)

真山神社はなまはげの風習を今に伝える神社。
なまはげにまつわる品々がいろいろと奉納されている。

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狛犬もなんだかちょっとなまはげ似?

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さて神社に併設しているのが、なまはげ館と男鹿真山伝承館。こちらではなまはげについて展示と実演で紹介している。

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まずなまはげ館から。
最初に大画面スクリーンでなまはげの実録映画を見る。大晦日の夜、神社に集まりなまはげの扮装をする純朴そうな村の青年たち。そして着替えが済んで、神主さんの祈祷を受けると、全身になまはげスピリットが注入され、その途端「ウオーッ!ウオーッ!」と大暴れ!見事なまはげに大変身!まさに今、なまはげがここに舞い降りた~!もうすごすぎる~~!

そして映像でなまはげの世界を満喫したあとは、いよいよなまはげ館の目玉、なまはげ面展示コーナー。男鹿半島の各地域では、それぞれ独特のなまはげ面が作られていたそうで、それが一堂に展示されているのだが、その展示方法が実に素晴らしい。

バ―――――――ン!
出た!なまはげ大集合!!

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実にユニーク、実にワイルド、まさにイマジネーション炸裂の世界!
その数なんと60体。今ではすっかりなまはげといえば、定番の顔の木彫のなまはげ面ばかりであるが、昔は様々なデザイン、様々な素材で、このように思い思いにオリジナルのなまはげ面を作っていたのである。ちなみにここ真山のなまはげ面は角が無いのが特徴とのこと。現在もその点は受け継がれているそうだ。

映像と展示でなまはげワールドへとぐんぐん引き込まれたら、次はこちらのコーナーへ。なんとなまはげに変身できるのだ!

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で、ちょっと変身してみちゃったりして・・・。

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続いて男鹿真山伝承館へ。こちらでは一日数回、なまはげの実演が行われている。建物は実際の男鹿地方の民家を移築したもので、とても雰囲気がある。実際と同じようになまはげの相手をする一家の主人役の方がおり、自分達はその家の家族という設定のようだ。
さて、なまはげというと、「ウオー!悪い子はいねえかー!怠け者はいねえかー!」と家中を大暴れして歩きまわる恐ろしいイメージばかり強調されがちだが、ずっとそればかりではなく、けっこうまったりしてたりする。

こちらは一暴れした後、家の主人から接待をうけているところ。
「なまはげさん、まあ一杯どうぞ」「おう、おっとっとっと」

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こちらは「なまはげ問答」。家の主人となまはげとで、今年の稲の様子や家族の近況などを話し合う。「今年の米は豊作だったよ」「そっかそっか、それはよかったなあ」みたいな感じのトークでなんだかほのぼの。実は愛嬌のある方だったんですね、なまはげって。

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なまはげ館の外灯もなまはげのデザイン。いかす!

(2006年6月)

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蕪嶋神社(青森県八戸市)

今年の六月、八戸の種差海岸にある蕪島を訪れた。
島を眺めてみると、島全体を覆うようにして、無数の白い物体が見える。

さてこれはいったい何でしょう~?

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正解は・・・、どひゃ~~!ウミネコ!その数、もうハンパじゃない!
ざっと見ただけで二、三万・・・、いやもっといるかもしれない。そしてその数万羽によるニャーニャーの大合唱。すごすぎる~~~!!

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ここ蕪島は天然記念物にもなっているウミネコの大繁殖地で、毎年春になると数万羽のウミネコが飛来し、卵を産みヒナを育て、そしてまた夏には南の国へと旅立っていくのである。とくに五月中旬くらいから六月にかけては卵がいっせいに孵化し、今、蕪島は一番すごいことになっているのだ。
ひっきりなしにウミネコが島の周囲を旋空し、それとともに頭上から降りそそぎまくる白いフン・・・、スペランカーなら即ゲームオーバー。

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さて蕪島に鎮座するのが蕪嶋神社。蕪島はウミネコの繁殖地として保護されて、立ち入り禁止の柵で囲まれているが、この蕪嶋神社だけはお参りすることができる。
入口には参拝者用のフンよけの傘が用意されているので、安心だ。

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参道もこの通りウミネコ。人間が近づいても逃げる気配もなく、ゆうゆうと歩いている。いや逆に、人間が柵に囲まれた中をおそるおそる歩き、ウミネコたちはそれを観察して楽しんでいるかのようだ。もう完全にウミネコ王国である。

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いよいよウミネコ王国の本丸へと突入。
境内を埋め尽くすウミネコ、ウミネコ、ウミネコ~!神社といえば鳩がつきものだが、ここでは全部ウミネコだ!
ウミネコは魚群の位置を教えてくれることから、八戸の漁師達に神の使いとして大事にされてきたそうである。まさにこの地ではずっと人間とウミネコが共に生きてきたのだ。

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狛犬、すごいことになっちゃってます・・・。

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親鳥に交じってヒナの姿も見える。ヒナのピヨピヨと親鳥に甘える仕草が愛らしいウミネコ親子。白とグレーのシャープなスタイルの親鳥と違い、ヒナは茶色のフワフワ毛のボテッとした、いわゆる「ブサカワイイ」系。とーってもかわいい!

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ヒナの成長は早く、このフワフワ毛のかわいい姿が見られるのはほんのわずか。フワフワ毛は羽へと生え変わり、一ヶ月でまだ羽は茶色いが親鳥と同じ大きさの若鳥に育ち(親鳥と同じ色の羽になるのは三年かかるらしい)、巣立っていく。この日も早めに生まれたヒナはすでに親鳥ほどの大きさとなっていた。しかし成長するまでに様々な困難によって命を落としてしまうヒナも多いらしい。

この仲むつまじい親子が無事に成長しますように。

(2006年6月)

ワットパクナム日本別院(千葉県成田市)

鬱蒼と茂るジャングルにそびえ立つ大きな寺院の屋根。いかにもタイらしい風景だ。

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だけど少し引いてみると、落花生畑・・・。
そう、実はここは千葉だったりして・・・・。

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こちらは成田にあるワットパクナム日本別院。その名の通り、タイのバンコクにあるワットパクナムというお寺が日本に住むタイ人のために開いた日本別院である。もちろん日本人も参拝することができる。
日本によくあるアジアンテーマパークのそれっぽい建物なんかとは違い、本格的なタイ寺院建築なので、普段日本にいてはなかなかお目にかかれないタイ寺院の雰囲気をじっくりと体感できる。

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そしてタイなのは建物だけではなく、もちろんお寺にいるのはタイ人のお坊さんだし、案内の看板もタイ語、自動販売機もタイのジュース(一本飲んでみたらココナツジュースナタデココ入り、甘~い)。ここだけはもう全てがタイなのである。
でもタイ語がわからなくたって大丈夫。お坊さんも参拝のみなさんも日本語上手だし、みんなニッコリと迎えてくれる。

飛行機に乗らなくても行けちゃう微笑みの国、みなさんもぜひどうぞ。

(2006年6月)

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三石山観音寺(千葉県君津市)

房総の霊峰三石山。その名の通り、山上には三つの巨石が高くそびえ立つ幽玄の地である。人呼んで「房総のチベット」。
最近ではマラソンの高橋尚子選手がここで祈願し、シドニーオリンピックで金メダルをとり、また巨人軍の高橋由伸選手もよく参拝に訪れているそうである。

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巨大な三石と観音堂。まるで石にめりこむようにして観音堂が建っている。

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三石の周囲には登山道があり、石の頂上まで登ることができる。整備されてはいるが、途中、石と石との間に挟まれた部分をくぐりぬける場所があったりして、なかなかハード。以前は崖をよじのぼるルートもあったようだ。

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山頂の奥の院には役行者がまつられる。足腰の強い役行者は、まさにスポーツマンの守護神にふさわしい。
山頂の周囲はさえぎるものが無く、ひじょうに眺めがよい。お堂の周囲には縁結びを祈願してハンカチが結びつけられている。

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境内には高橋尚子選手が奉納した「金メダルシューズ」の石碑が建っている。台座には高橋選手と小出監督の名前と手形が仲良く並ぶ。

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スニーカーの上にはお賽銭がいっぱい。すでにこの石碑自体が信仰の対象となっている。いわば現代版仏足石?

体育会系の高橋さんはぜひお参りを!

(2006年6月)

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養老の滝(千葉県大多喜町)

房総の景勝地、養老渓谷の上流にある養老の滝。階段状に広がる大きな流れが素晴らしい見事な滝であるが、そこへと至る入口の門がかなりすごいことになっている。

バ―――――ン!な、何だ、こりゃ~~~!!

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頭上には「養老大滝」と書かれた額が掲げられ、周囲には仏像と神像が入り混じったような様々な彫刻が立ち並んでいる。木の形をそのままうまくいかしたデザインと独特の色使いがなんとも素晴らしい。

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壁にうめこまれた仏像の頭が強烈!

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門のあちこちにちりばめられたメッセージを読みとくと、これらの作品は門の向かいにある旅館の先代の御主人の「滝見山人」という人の作品のようだ。彼は雄大な滝に何かインスピレーションを感じ、こうした作品群を生み出したのであろう。素晴らしい力作である。

ただ一つ問題なのは、この先に滝があるとは到底思えない外観であることか・・・。この日も滝への入口を探してうろうろしている人達が何人もいた。
みなさん、養老の滝はここですよ~~!

(2006年6月)

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小手神社(福島県飯野町)

千貫森にある小手神社。この千貫森の守護神である。伊達政宗によってこの地にまつられたといわれている。
境内入口に門があり、両脇に風神雷神がまつられている。

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風神雷神の姿はかなりユニーク。これぞまさに我々がイメージする風神雷神といった感じの姿だ。そしてなんといっても色彩がド派手!町の文化財にも指定されているようなので、江戸時代くらいの作だろうか。

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境内奥には「誘宝(ユーホー)道祖神」という神社がまつられていた。御神体はいわゆる陰陽石で、子宝に御利益があるようだ。

(2006年6月)

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空気神社(山形県朝日町)

我々の周りにいつもあって、とっても大事なものなのになかなかそのありがたさに気づきにくい存在、それが「空気」である。空気神社では、その空気に感謝し、神としてまつっている。

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昔、山伏たちが修行した道だという参道には、空気を作り出す五つの元素「木」「火」「土」「金」「水」を表す柱が立ち並ぶ。なんだか現代アートな雰囲気。とくに「火」は金網の内部に蝋燭立てを配したシュールなもの。「水」は手水を兼ねていて、水が流れ落ちている。

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そしてこちらが空気神社。社殿があるわけでなく、ステンレスで囲まれた四角いスペースがあるのみ。これまたシュールである。

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このステンレスの板の下に12個の壺が並ぶ空間があり、そこに御神体の空気がつまっているそうである。拍手をうつと、中の空気が反響して響く。

見た目はちょっと難解だが、空気のありがたみを再認識できる空気神社。一度お参りにしてみてはいかがだろう。山の上だから空気も美味しいしね。

(2006年6月)

浮島稲荷神社・大沼の浮島(山形県朝日町)

浮島稲荷神社にある大沼の浮島は実に不思議な島である。

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大沼。この地は役行者によって発見されたと伝わり、山奥に静かに水をたたえるその風景はまさに仙境といった佇まいである。
そしてさらにこの沼を神秘的なものにしているのは、浮島である。この沼には大小60あまりの島があるのだが、それらの島々がなんと水面を移動するのである。

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下の写真中央の小さな島が浮島。(その後ろの大きな島は葦原島といって動かない島)他にもいくつかの浮島が浮かんでいる。目に見える速さで動いているわけではないが、以前見たことある浮島の写真と比べると、明らかに位置が違う。動いているのだ。
実は浮島の正体は水生植物の枯れたものが固まってできたもの。だからプカプカと漂って移動するのであるが、古の人々はさぞかし驚いたことだろう。その仕組みがわかった現代でさえ、この幽玄の地ならば人知を超えた超常現象が起こっても不思議はないような気がするのである。

(2006年6月)

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高柴デコ屋敷・三春駒神社(福島県郡山市)

赤ベコと並ぶ福島の民芸品が「三春駒」である。三春地方の高柴に三春駒などを作っている人形師の集落があり、そこを高柴デコ屋敷と呼ぶ(デコとは方言で人形の意味)。現在も人形作りの技が受け継がれ、製作風景を見学できたり、店先には人形作りに使う木型が並んでいたりして面白い。

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集落の一角には三春駒をまつる三春駒神社があった。三春駒の由来は平安時代に延鎮上人が彫った百頭の木馬が人々を救い、それを模作したことに始まるらしい。三春駒を御守にすると、子供は健康に成長し、子宝にも恵まれ、「子育駒」として御利益があるそうだ。

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三春駒神社ということで、守っているのも三春駒。これはかわいい!

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社殿もユニーク。木鼻が三春駒!

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そして社殿前には奉納された「子育駒」の額が。

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字をよーく見ると、なんとこれも全部三春駒!百頭の三春駒伝説にちなんで作った超力作だ!

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高柴デコ屋敷には世界の性信仰に関する玩具を集めた博物館「道六館」もある。
まあいわゆる秘宝館系の施設だが、コレクションは充実していて民俗資料として見てもなかなか価値あると思う。話の種にどうぞ。

(2006年6月)

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毘沙門天(静岡県富士市)

富士市の毘沙門天は、毎年正月に行われる毘沙門天大祭の達磨市で知られるお寺。日本三大達磨市のひとつだそうだ。もう何にでも「三大」があるんですなあ~。(あとの二つは高崎の達磨寺、調布の深大寺。他にも諸説あり)こちらの達磨は豪快な太い髭があるのが特徴だそうだ。このイラストはなんだかダリ達磨って感じだけど。

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毘沙門天は七福神の一人で、虎を使いとしている。そのため狛犬ではなく、虎が門前にいる。こちらの毘沙門天は聖徳太子の作だそうだ。境内には毘沙門天の石仏もまつられている。

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と、まあここまではごく普通の寺の風景に見える。しかし境内の案内の看板を見てみれば、こんな感じだ。いきなり中華街出現!

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そして本堂に目をむければ・・・、バ―――――ン!
インドから、ネパール、中国、日本までアジア各国の建築が乱舞する!まさにリトルアジア!!

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天高くそびえるインド風の塔にむかって咆哮するチャイニーズドラゴン!その間に挟まれたお堂はなんだかちょっぴり肩身せまそう・・・。

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本堂前のド派手なチャイニーズ香炉、龍の目がビヨーンと飛び出して、すごいことになっている。中華風のド派手な彫刻と色彩に目を奪われてしまうが、よーく見ると、随所に毘沙門天はじめ七福神の姿があり、ここ毘沙門天オリジナルのもののようだ。

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その証拠にほら、軒下がオール虎柄!阪神ファンもビックリの虎御殿!

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そして極めつけがこちらである。
ジャ――――――ン!目玉寺!

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アジア好きの方なら知ってるであろう、あのネパールの目玉寺である。何でここにあるの~~!?そしてこの目玉寺の扉を開くと、なんと全長170メートルもの地下霊場への入口となっているのだ!
もう立て続けに衝撃パンチをくらい、ふらふらと吸い込まれるように地下霊場を巡る。地下霊場の中は何百、いや何千何万と毘沙門天の姿が描かれた壁画が延々と続き、インド音楽がエンドレスで流れている。そして薄明かりに浮かびあがる七福神たちはアジア各国のスタイル。インドのサラスバティー女神が中国、日本に伝わって弁財天となったように、アジア各国の神々は同体であるとされている。とくにこの毘沙門天ではそういうワールドワイドな視点でアジア各国の七福神をまつっているのである。

だから建物も仏像もみーんなアジア中から勢揃い!というわけ。とってもグローバルなお寺なのだ。

(2006年5月)

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明王院(群馬県太田市)

明王院は鎌倉攻めで知られる新田義貞ゆかりの寺。平安時代に源頼義が創建、その後新田氏初代義重が中興し、代々新田氏によって信仰されてきた。
本堂には二体の不動明王がまつられ、一体は義貞の挙兵の折、山伏に化身して遠く越後まで味方に触れて回り、義貞を勝利に導いたということで「新田触不動尊」と呼ばれている。もう一体は新田義重の姿がモデルで、背中の火炎が無いのが特徴だそうだ。

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さてこちらの寺にはひじょうに珍しい石造物がある。それがこの千体不動供養塔。江戸中期の作。高さ約6メートル、底辺は約7.2メートル。見事に積み上げられた四角錐の姿はまるでピラミッド!

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そして千体不動の名の通り、表面にはズラーッと不動明王の姿が彫刻されている。前述した新田義重をモデルにした不動明王を表したものとのことで、こちらも背中の火炎は無い。ミニサイズの不動明王であるが、これだけの数が並ぶと実に壮観だ。

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頂上には四方に金剛界四仏の梵字を表す宝塔が建っている。つまり金剛界四仏に囲まれた宝塔自体は曼荼羅の中心仏大日如来なのだろう。そして曼荼羅を立体的にとらえ、中央の大日如来を頂点にして東西南北に広がる曼荼羅の世界を表現したのではないだろうか。ちょうど真上から見れば、四角い曼荼羅の世界のように見えるのである。

それにしてもやはりこの形はピラミッドを連想させてしまう。江戸時代にピラミッドというものが伝わっていたかどうかは知らないが、ピラミッドと一つの共通点はある。それはエジプトもマヤ・アステカもピラミッドは太陽崇拝と深い関係があり、そして大日如来も太陽の化身であり、大日如来の化身が不動明王、すなわち太陽でイコールに結ばれるのである。お互いに影響があるのかどうかはわからないが、太陽を神格化してまつろうとすると、こういう形の発想にいきつくのではないだろうか。まあオカルトチックな話題は専門ではないのでこのへんにしておくが、見ているといろいろとイメージさせられる不思議な石造物である。

(2006年5月)

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大長寺(埼玉県行田市)

行田市街で車を走らせていたところ、お寺の塀の上からひょっこりのぞくのはなんと大仏の背中!
行田に大仏があったとは~!早速お参りしてみることにした。

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訪ねてみると大長寺という寺で、江戸時代にこの地を治めていた忍藩主阿部氏ゆかりの寺。大仏は最初享保年間に阿部氏によって寄進され、その後戦時中に供出されて失われてしまい、平成7年に再建されたものとのこと。身丈3.6メートル、台座を含めると7.4メートルの大きさ。脇侍として「しあわせじぞう」「ごくらくじぞう」の二体が左右にいる。

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大仏様の前はガーデン風のスペースに。
こころゆくまで大仏様と対話しよう。

(2006年5月)

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多摩川浅間神社(東京都大田区)

多摩川を望む田園調布の高台にある多摩川浅間神社。
都内唯一だという浅間造(富士山本宮浅間大社を参照)の社殿で、拝殿の背後に二階建ての本殿が見える。

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こちらの浅間神社も実は富士塚になっていて、石段の両脇に溶岩が積まれ、カーブを描いた登山道になっている。五合目、七合目にはそれぞれ型通りに、小御岳神社、食行身禄が祀られている。ちなみにこの地は元々は古墳である。

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そしてこの富士塚で注目はこちらの「食行身禄」の石碑。
かなりの達筆であるが・・・、

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書いたのはなんと勝海舟!すごい!
幕末ファンも必見の富士塚である。

(2006年5月)

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善養寺(東京都世田谷区)

世田谷の住宅地の一画で、カラフルな仏旗と屋根に鴟尾を上げた大きなお堂が見えた。正面にまわってみると、いきなり出迎えてくれたのはこちら。

ジャ―――ン!アジアンな羊!

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そしてさらに奥を見れば、ズラリと並んだ巨大でアジアンな石像群!
なんじゃこりゃ~~!

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門の左右を守るのは「海駝」、まあ韓国版の狛犬といった感じ。石の武人はこの近くの野毛大塚古墳ゆかりの吾妻大権現だそうだ。

境内には唐招提寺様式だという本堂や都の天然記念物にも指定されている大榧が高くそびえているが、やはりその周囲にも石像や銅像がズラ~リ。
ガネーシャから多摩川の精だという河童のたま坊まで、さらには今回は拝観していないがガンダーラ仏まであるとのこと、アジア各地の様々な神仏が一堂に会す大饗宴!凄すぎる~~!

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橋のデザインも強烈!!

(2006年5月)

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豪徳寺(東京都世田谷区)

招き猫の寺として有名な豪徳寺。豪徳寺と招き猫の関係は、江戸時代に大名の井伊直孝が門前を通りかかった時、寺の猫が直孝を招き入れて、落雷から救ったという伝説による。以来豪徳寺は井伊家の菩提寺として栄え、招福の御利益のある寺として信仰されている。この通り、招き猫でぎっしりだ。

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さて今年の5月14日に落慶したばかりの新しい三重塔。
周囲に十二支の彫刻が彫られているので、よーく見てみると・・・・、

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なんと招き猫発見!豪徳寺ならではのオリジナル三重塔だ。
隣にはネズミも仲良く遊ぶメルヘンな世界。

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さらによく見ると、軒下に二匹の猫がいる。てっきり本物の猫がいるのかと思いきや、こちらも彫刻!
とってもファンシーな猫タワー!猫好きの方はぜひ!

(2006年5月)

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上井出天神社(静岡県富士宮市)

源頼朝が「富士の巻狩」を見た場所といわれる天神山にある上井出天神社。
その境内にあるのは日本一高い土俵である。

デ――――――ン!

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これはすごい!まさしく日本一!
山頂に土俵があり、形はあきらかに富士山をイメージしたもので、まさに日本一の富士山は男の中の男を決める場所にふさわしい。これもまた富士山信仰のひとつの形といえよう。
現在も秋祭りの日には子供たちによる奉納相撲が行われるそうで、負ければ即下へと転げ落ちるという、正真正銘のガチンコ勝負!
もう格闘漫画も真っ青!漢だぜ~~!!

(2006年5月)

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鈴川の富士塚(静岡県富士市)

富士信仰の本場、静岡県にもはたして富士塚はあるのだろうか、という疑問がふと思い浮かんだ。なんせバーチャル富士登山をしなくとも、もう目の前には本物の富士山がそびえているわけで。
ところがその静岡にも富士塚が存在することがわかった。吉原港付近に「鈴川の富士塚」というものがあるらしい。
そしてこちらが「鈴川の富士塚」である。

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「天の香具山」「浅間山」ともいわれている。頂上に浅間宮の石祠がまつられているのは他の富士塚と同様であるが、なんといってもそのビジュアルが全然違う。溶岩ではなく、丸い石を積み上げて作られているのだ。
説明によれば、吉原港に到着した富士行者の人々が海で水垢離をし、登山の安全を願って海岸の石を積み上げていって出来たものらしい。つまり人々が祈りをこめて積み上げていった石が積もり積もってミニ富士山となったもので、関東の富士塚とはまた違う発想で造られた独特の富士塚である。まさに「塵も積もれば山となる」である。
現在は修復されてコンクリートで補強されたすっきりした姿であるが、本来はいくつもの丸石が積み重なって造られていたもっとワイルドなものだったのかもしれない。

一人ひとりが小石を積んで築き立てた小さな富士山。人々の祈りの心がつまっている。

(2006年5月)

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富知六所浅間神社(静岡県富士市)

富士市にある富知六所浅間神社。嵯峨天皇中宮の御安産祈願所となって以来、安産の神様として信仰されている。境内には大きな樟がそびえ、本殿も内部に神橋がおかれているところが珍しい。三日市浅間神社ともよばれている。

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ところでこの富知六所浅間神社、安産の神様だからということか境内にいろいろと子供向けの石像が置かれているのだが、これがまたものすごい造形。
これを見ていったい何人の人が某ロボ猫マンガのキャラクターだとわかるだろうか・・・。どう見てもただのオールバックのオッサン!

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とくにすごいのがこの某少年の像。
横から見るとそれっぽいが・・・、

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正面から見ると・・・。
職人さん、横からの資料しかなかったんですね・・・。

(2006年5月)

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村山浅間神社(静岡県富士宮市)

村山浅間神社は富士山の村山口にある神社。平安時代末に末代上人が浅間神社の本地は大日如来であるとして、この地に大日如来がまつられ、以来富士修験者の拠点として栄えてきた。最盛期には多くの宿坊が立ち並んでいたという。
その後、江戸の富士講は吉田口をメインルートにするようになり、さらに明治時代の廃仏毀釈や新登山道の整備によって衰退し、現在は山里にひっそりと佇む。

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現在も本殿の横に大日堂がまつられ、古の神仏習合の名残をよく残しており、独特の雰囲気がある。境内には水垢離場もあり、修験者はここで七日間身を清めてから登山したという。

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村山口登山道入口。石畳が雰囲気ある。

(2006年5月)

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人穴浅間神社・芝山浅間神社(静岡県富士宮市)

富士宮の山中にある人穴は、富士講の祖長谷川角行が修行したと伝えられる溶岩洞窟。人穴浅間神社がまつられている。角行は戦国時代の富士行者で、この地で一千日の修行の末に悟りを得たという。その教えは村上光清、食行身禄によって受け継がれ、富士講として人々の信仰を集めた。そして角行はこの地において106歳の大往生を遂げたといい、角行を信仰する行者たちの墓が立ち並ぶ幽玄な空間である。また人穴は江ノ島の岩屋までつながっているとも伝えられている。

人穴から少し離れた芝山地区には芝山浅間神社がまつられている。昭和17年に人穴地区が陸軍の演習地となり、人穴地区の住民がみなこの地に移住し、この地に浅間神社をまつったのが芝山浅間神社である。社殿、石灯籠、手洗石などは人穴より移したものとのことである。

(2006年5月)

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富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)

富士宮の富士山本宮浅間大社は浅間神社の総本宮である。

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境内には壮麗な朱塗りの社殿が立ち並ぶ。目をひくのはやはり本殿の造りだろう。浅間造という独特な建て方で、本殿が二階建ての楼閣になっている。見上げるほどの高さの社殿はまさに富士山の神が住まう社にふさわしい。

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神社裏手には湧玉池がある。富士山からの雪解け水が湧き出ているそうで天然記念物に指定されている。こちらで身を清めてから富士山に登ったそうだ。

(2006年5月)

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北口本宮富士浅間神社(山梨県富士吉田市)

富士塚についていろいろ調べているうち、本家の富士浅間神社に参拝してみたくなり、富士山周辺に点在する富士浅間神社や富士信仰に関連するスポットを巡ってきた。

富士吉田から富士へと登る吉田口は数ある登山道の中でも江戸からの巡礼者のメインルートとして栄え、富士塚も吉田口の登山道を表現しているものが多い。
その吉田口にあるのが北口本宮富士浅間神社である。江戸からの巡礼者はまずこちらに参拝し、山頂を目指したのである。
杉並木の参道を抜けると、赤い大鳥居が現われる。日本一の木造大鳥居で、威風堂々たる姿。

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楼門をくぐると、本社、東宮、西宮の三つの壮麗な社殿が立ち並ぶ。東宮は一番古く、武田信玄の寄進によるものとのこと。本殿前には富士太郎杉、富士夫婦檜の巨木が高くそびえる。本殿裏手には左甚五郎作と伝わる恵比寿大黒像がまつられている。
境内に点在する寄進者の名前が刻まれた石柱を見ると、富士講の一派の村上派による寄進が多いことに気づく。村上派は村上光清を中心とし、北口本宮富士浅間神社の修復工事に尽力した。

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神社裏手には登山口がある。現在は富士スバルラインで五合目より登れてしまうが、昔はここが出発点。

(2006年5月)

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金時公園(静岡県小山町)

金太郎のふるさと小山町、その金太郎の生誕地にあるのが金時公園だ。金太郎はこの地で母親に育てられ、山の動物たちと遊び、後に坂田金時として源頼光に仕えて活躍をしたと伝えられる。
公園には坂田金時をまつる金時神社や産湯に使ったといわれるちょろり七滝などがあり、入口には「坂田金時誕生之地」の看板が。「金太郎杯ゲートボール競技会」なんてのも行われたようだ。

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さすがに犬山の桃太郎神社みたいにコンクリート像がズラズラあったりはしないが、山腹の巨大金太郎看板はなかなかのインパクト。5メートルくらいはある。

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絵柄は足柄峠にあった看板と同じものだが、さらに巨大化して一段とすごいことに。熊の表情がなんとも・・・。

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金時神社の前にはオールアルミ製の巨大マサカリ。戦前に鉄製のマサカリが奉納されていたそうだが金属供出によって失われ、昭和56年に地元のアルミ工場によって奉納されたもの。

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巨大マサカリの前には熊とリス。これまたビミョウな表情・・・。

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他にも町内にはいろいろと金太郎ゆかりの地やあちこちに金太郎の像や看板があり、まさに金太郎ワールド。
下は国道246号線沿いの「道の駅ふじおやま」の金太郎像。

(2006年5月)

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鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)

古都鎌倉の歴史を見守り続けてきた鶴岡八幡宮。
ひさびさに鎌倉を訪れたので、早速いつも通り参拝しにいくと境内の様子がちょっと変だ。本殿前の舞殿の上に何か白い建物ができている。何だろう?

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近づいてみてビックリ!写真じゃん、これ!
現在、舞殿の修復工事を行っており、周囲をすっぽりと白い幕が覆って、その前面に実物大の舞殿の写真を印刷した垂れ幕がかかっているのだ。

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横から見るとこんな感じ。でも正面からだとなかなかリアル。発想は単純なんだけど、実際にこうやられるとあまりにも大胆すぎて、かえってわからないもんですなあ~。

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絵ではなく写真だが、発想は完全にトリックアート。
先日の東林寺といい、今、神社仏閣にトリックアート旋風きたる!?

(2006年5月)

茅原浅間神社(東京都練馬区)

江古田駅前にある茅原浅間神社。その境内に江古田富士がある。こちらも駅前商店街の一角にこんな大きな富士塚があったなんて、という感じのロケーション。本殿の背後ににこんもりとある。

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本殿の背後にまわると登山口がある。ただしこちらの富士塚、残念ながら登山禁止。しかも周囲をぐるっと高い柵で囲んでいるので中の様子もあまりよくわからない。なかなか大きな富士塚のようなのだが。

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登山口から見た内部の様子。神猿像と一合目の合目石が見える。この先に登山道が続いているようだ。木々の間から山頂の鳥居がわずかに垣間見える。説明によれば、高さ約8メートル、頂上に石祠、そして小御岳神社、経ヶ岳、天狗像などの石造物も充実しているそうで富士山の再現度もなかなか高そうである。

(2006年5月)

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八坂神社(東京都練馬区)

八坂神社の境内に中里富士がある。今まで見てきた富士塚の中でも最大級の大きさ。

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富士塚自体は約8メートルとのことだが、元々あった山の上に作られたのだろう、それも大きさにプラスされて圧倒的なスケールだ。説明にも正面からだと倍以上の大きさに見えるとあったが、さらに鬱蒼と茂った木々がボリューム感を増幅している。これはもう普通に山でしょ~。

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あまりの大きさにしばし呆然としてしまったが、登ってみることにしよう。鬱蒼と茂った木々は登山道を覆い隠してしまっていたが、麓の石碑の中から鈴原神社の石碑を発見し、登山道を無事に探し当て登山開始。

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登山道は九十九折になっており、やはり順に鈴原神社、御室浅間神社、烏帽子岩と各合目の神社名所を示す石碑が立っている。(説明板には合目石もあるとあったが木々が生い茂ってるせいか発見できず)また登山道途中に道祖神の石碑もある。富士塚にあるのはレアらしい。旅の道中の安全を願って建立したものだろう。

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五合目くらいまで登ると、溶岩で作られた登山道が見えてくる。説明にある8メートルというのは、ここくらいからの高さのことだろう。近くまで来て見上げると、かなりの急斜面だ。もう完全に崖。

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山頂に到着。ミニチュア富士山といえど、下を眺めてみればけっこうな高さ。
ここの特徴的なのは山頂に石祠の他に、富士山山頂にある山々を表現する石碑があるところ。剣ヶ峰、駒ケ岳、馬背の三つの山の名前がある(位置的は馬背の場所がずれてしまっているが)。火口は作れなくとも、なんとか御鉢めぐりを表現しようとしてこのような形を考えたのだろう。実に面白い。もしかしたらもっと石碑があって八葉蓮華が再現されていたのかもしれない。

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こちらも登山道が他にもいくつか作られており、帰りはそちらから下りてみると(ちなみにこちらの登山道からの方が比較的楽に登ることができる)、御中道を発見。正面からは木々に覆われてよくわからなかったが、きちんとぐるりと巡っているようだ。もちろん小御岳神社の石碑もある。

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そして山麓をよく見るとなんと御胎内らしき穴を発見した。やはり安全のため塞がれているが、まさか御胎内まで再現されているとは、本当にびっくり。随所にみられる作りこみ具合もかなりのものである。

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そしてこの中里富士、なんといってもそのスケールの大きさがすごい。登って下って、山中うろうろしてたら、もうちょっとした山登りですから・・・、ダイナミック!

(2006年5月)

中里富士神社(東京都清瀬市)

清瀬市の中里富士は清瀬十景にも選ばれている大きな富士塚。高さ約10メートル。

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登山道は九十九折になっている。登山道を形づくる木材が山頂まで続き、登山道が九十九折になっている様子がよくわかるだろう。こちらの富士塚は他の富士塚に見られるような溶岩が使われていないのが特徴とのことで、こうして木材を使って登山道を作っていたそうだ。

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こちらの富士塚も登山道にきちんと合目石が配置され、鈴原神社、小室浅間神社、小御岳神社、身禄行者の祠も配置されており、富士山をよく再現している。(鈴原神社と小室浅間神社の位置は入れ違ってしまっていたようだが)また登山口には神猿を彫刻した石碑もある。

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山頂には富士浅間神社の石祠と富士山の本地仏である大日如来を彫った石碑があり、神仏習合の名残を今に伝える。
現在も毎年九月一日には「火の花祭り」が行われ、当日は麦わらの山を焼くお焚き上げがあり、登山道にはロウソクの灯りがともされる。説明板に写真があったがとても幻想的な光景である。

(2006年5月)

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十条富士神社(東京都北区)

活気ある商店街が立ち並ぶ十条の町に、忘れ去られたかのようにこんもりと大きな木が茂った一角がある。それが十条富士である。

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こちらも元は古代の古墳だったといわれ、山頂まで石段が続き、富士浅間神社の石祠がまつられている。現在も毎年六月三十日、七月一日に祭礼が行われているそうだ。

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こちらもメインの石段の他に、以前使われていた山頂への登山道が残されている。もちろん九十九折になっており、登山道らしくなっている。中腹には小御岳神社もまつられている。

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山頂から下を眺めると、前の道を買い物帰りの人々がせわしなく通りすぎてゆく。ここだけはまるで日常から切り離された時が静かに過ぎていく別世界のようである。

(2006年5月)

田端八幡神社(東京都北区)

田端の鎮守田端八幡神社。参道には以前谷田川に架かっていた石橋が移設されて残っている。谷田川は昭和初期に暗渠となり、現在はその上を谷田川通りが通っている。

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境内には富士塚、通称田端富士がある。石段真ん中あたりの鳥居の部分がそう。三峰社も隣接してまつられている。この地域では富士講と三峰講の両方が盛んだったようだ。現在も毎年二月二十日に祭礼が行われているそうである。

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山頂部分。鳥居をぐぐって七歩登ると、もう石祠の前である。富士塚の中でも規模の小さいものだろう。この大きさではとてもバーチャル登山とはいかないが、小さいながらも溶岩で造形して富士山のミニチュアとしての雰囲気は出ている。都心ではこのくらいの規模の富士塚も多い。

(2006年5月)

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駒込富士神社(東京都文京区)

駒込富士神社は縁起によれば、室町時代に本郷の地に創建。その後、前田家の屋敷が作られるにあたり、この駒込の地に移転したという。
富士塚は神社の境内にひっそりとあったりするのだが、ここは主神として富士浅間神社がまつられ、立派な社殿が建てられている。ここでは富士塚が主役なのだ。

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富士浅間神社が人々の人気を集めた理由として、火難除けの御利益もある。祭神であるコノハナサクヤヒメノミコトは猛火の中で無事に出産したということから火難除けの御利益があるという。(実は産屋に火をつけたのは自分自身なのだが。夫に浮気を疑われ、身の潔白を示すために火をつけたとか。すごい話だ・・・)というわけで、富士講には火消しの組も多く、纏をデザインした粋な富士講碑も目立つ。

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こちらの神社でも本物の富士山と同様に、石段下に下浅間社(里宮に見立てたものだろう)、山頂から右に下った一段低いところに小御岳社をまつっている。どちらも木造の社殿で、ここまで大きな建物だと、他の富士塚のような富士山のミニチュア感はあまりしないかも。富士塚の山自体も大きなもので、元々は古代の前方後円墳ではないかと言われているらしい。

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山頂まではまっすぐに石段がのびている。しかし石段脇の植え込みを見ると、以前の登山道であったものらしき道が残っていた。やはり昔は九十九折の登山道もあったようだ。

(2006年5月)